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第7章 メキシコの幻想(4)

2006年11月27日(月)

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 3月――

 「……なんだこりゃ。デリバティブの投機的取引をやってると、堂々と書いてあるじゃないか!」

 タクシーのリアシートで秋月修二が苦笑した。

 車の窓から赤道直下の明るい日差しが差し込んでいた。シンガポール中心部を東西に走るオーチャード・ロードを走っているところだった。高層ビルと街路樹風景が後方に流れていく。

 「ほんとですか?」
 隣りにすわった若い白人が訊く。

 30歳のギリシア人であった。去年の9.11テロ事件のときに、秋月がシンガポールのホテルで会っていた若いインド人と一緒に、ロンドンの米銀から引き抜いたトレーダーだ。

 秋月はロンドンに東洋物産のエネルギー・デリバティブ子会社を設立し、CEO(最高経営責任者)に就任した。トレーダーとセールスマンが8人、アシスタントと秘書が4人、秋月を含め総勢13人で船出した。

 今回のシンガポール訪問は出張である。

 「見てみろよ」
 秋月が手にした書類を差し出す。

 昨年12月6日に、株式の25パーセントをシンガポール取引所(SGX)で売り出したCAO(中国航油料)の上場目論見書(プロスペクタス)だった。

 「ほんとだ! 信じられねえ!」

 目論見書の51ページに会社の業務内容として「Besides hedging, we also engage in opportunistic trading by taking open positions in derivatives instruments.(ヘッジ取引以外に、我々はデリバティブ商品のヘッジなしポジションを持つことで、投機的取引をしている)」と書かれていた。

 「こんなの、CSRCに見つかったらどうするつもりなのかねえ……」

 鼻の下に髭をたくわえたギリシア人は、ページを繰り、しげしげと目論見書の記述を眺める。CSRC(China Securities Regulatory Commission)は中国の証券監督管理委員会で、国営企業に対してヘッジ目的でしかデリバティブ取引を認めていない。 

 「ほお、『投機的取引はマネージング・ディレクターの許可により行なうことができる』、か」

 55ページのリスク管理体制に関する記述であった。

 「警官と泥棒が同一人物ってやつだ。……嬉しくて涙が出るな」

 「末はニックかペレグリンか、って感じですね」

 ベアリング・ブラザーズを倒産させた「ごろつきトレーダー」ニック・リーソンや、アジア通貨危機で1998年に破綻した香港の地場証券会社ペレグリンでは、営業部門がリスク管理をしていた。

イラスト CAOのオフィスは「サンテック・シティ」にあった。オーチャード・ロードの南側で、マラッカ海峡に面したマリーナに近い一角。高さ14メートルの「富の噴水」を囲んで、5つのビルが建ち並ぶオフィス&ショッピング街である。

 35人の社員が働くCAOのオフィスの中には、風水を取り入れた大きな鯉の水槽があった。数ヶ月ぶりに会ったチェン・ジウリンは、ますます傲慢な顔つきになっていた。

 「……おかげさまで、上場は8倍以上のオーバーサブスクリプション(応募額超過)になったよ」

 社長室のソファーにすわった41歳のジウリンは、一段と肉付きがよくなり、白いワイシャツがはちきれそうだ。

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三品 和広 神戸大学教授