• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

第9章  雪の紫禁城(4)

2007年2月13日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 同じ日の晩――

 亀岡吾郎と十文字一は、来日中のイラン石油省とNIOC(イラン国営石油会社)の幹部たち4人を、汐留のレストランでもてなしていた。経産省系石油開発会社の社長と、亀岡の腹心であるトーニチの法務部長も一緒であった。

 イラン人は、独特の知性と孤独感を放つ人々だ。4人は、いずれも黒っぽいスーツに白や灰色のワイシャツ姿。西洋の習慣であるネクタイは身につけず、全員が口髭をたくわえている。眼窩が窪んだ人が多く、目には知性の光が宿っている。

 「……ミスター亀岡、今年の6月には、あなたがたに与えた優先交渉権の期限がくる」

イラスト 神戸牛のポワレにナイフを入れながら、イラン石油省の高官がいった。眼鏡をかけた年輩の男性で、米国か英国の大学教授のように威厳がある。

 「我々としては、今日のようなマスター・デベロップメント・プラン(基本開発計画)では、到底納得できない」

 「アイ・アンダースタンド(わかっとります)」
 オールバックの白髪の亀岡が答える。

 「もうちょっと短期間で生産開始できる計画ということですな? ご趣旨に沿って計画を作り直しましょう」

 早口のだみ声。相手の要求に極力応えようとするいつもの前垂れぶりだ。

 年輩のイラン人が頷き、牛肉を口に運ぶ。

 テーブル席は24階の窓際であった。広い窓の向こうに、浜離宮や光に包まれた東京タワーなど、宝石をちりばめたような夜景が広がっている。

 その日、亀岡らは、イラン巨大油田に関するマスター・デベロップメント・プランを提示した。日本や欧米の有力パートナーが見つかっていないため、開発には時間がかかるとする保守的な計画だった。そのため、イラン側に、こんなに遅いのでは話にならないと一蹴された。

 「パートナー選びのほうは、どうなんですか?」

 NIOCの幹部が訊いた。彫りの深い細面に眼鏡をかけ、陰影のある微笑が俳優のように見える。頬の髯の剃り跡は青々としている。

 「アングロ・ダッチやトタールに話しています。感触は上々です」

 経産省系の石油開発会社の社長がいった。額の広い痩せた老人で、通産官僚時代から部下に仕事を任せないことで有名だった。アングロ・ダッチやトタールとの交渉も自らやっている。

 しかし、交渉が上々というのは出まかせだった。

(1)埋蔵されている石油が重質であること
(2)油田の地層が複雑で、かつ、イラクのマジュヌーン油田と繋がっている可能性があること
(3)バイバックという妙味の薄い契約方式になること
(4)イランと米国の関係が悪化し、カントリーリスクが高まっていること

 などから興味を示す外国の石油会社はほとんどない。

 「それにしても、交渉に時間がかかりすぎてるんじゃないのかね」
 大学教授風のイラン人がいった。

 「日本側には、トーニチ、JNOC(石油公団)、それにおたくの会社という3つの立派な会社が揃っているんだから、パートナーなんかなくてもやれるでしょう」
 そういって、グラスのミネラルウォーターを口に運んだ。

 テーブルの上に、アルコール類は一切ない。また、イラン人はエビは食べるが、タコやイカは、吸盤を気味悪がって食べないので、亀岡が事前にレストランに連絡して、食材に細かい注文を付けていた。

 「もちろん3社だけでやれないことはないのですが……」

 元通産官僚は一瞬言葉を探す。

 「このプロジェクトは、イランにとっても、日本にとっても重要なプロジェクトですから、できれば国際的なコンソーシアムを組んで、世界的なバックアップ体制で進めたいと考えている次第です」

 実際は、3社の技術力や資金力では到底手に負えないため、何とか外国の大手石油会社を引っ張り込もうとしているのが本当のところだった。マスター・デベロップメント・プランで、生産開始までの期間を長めにしたのも、外国のパートナーを参加させるまでの時間稼ぎだった。

 「我々がいつまでも待っていられないのはおわかりでしょうな?」
 俳優のようなNIOCの幹部がいった。
 「中国やロシアも、是非やらせてくれといってきてますからね」

 「中国やロシア? いやいやいや、それはご勘弁下さい」
 亀岡がだみ声を出した。

 「せっかくここまで漕ぎ着けたんですから、是非とも我々にやらせて下さい。ここで取り上げられたんでは、立つ瀬がありません」

 テーブルに両手をついて、大げさに頭を下げた。

 イラン人たちが微笑する。

 「いずれにせよ、3月末には、きちんとしたマスター・デベロップメント・プランを提出してください」

 「わかりました。努力します」
 元通産官僚の社長が神妙な顔つきでいった。

「黒木亮連載小説「エネルギー」」のバックナンバー

一覧

「第9章  雪の紫禁城(4)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

変化を受け入れやすい組織体質があればビジネス上の“地殻変動”が起きた際にも、他社に半歩先んじられる。

井上 礼之 ダイキン工業会長