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第11章 遭難(3)

2007年4月9日(月)

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 フランス人技師ピエール・シャルル・ランファンによって設計された公園都市ワシントンDCは、若々しく、整然とした街である。

 ホワイトハウスを中心に、国会議事堂があるキャピトル・ヒルは街の東側、「スミソニアン協会」に属する18の博物館や美術館は南側、IMFや世界銀行などがあるダウンタウンと住宅街は北側、そして西側のポトマック川を渡った対岸にはアーリントン国立墓地と国防総省がある。

 ロビイストたちがオフィスを構えるのは、ダウンタウンを東西に貫く「Kストリート」。東方向に4車線、西方向に2車線、計6車線の広い通りである。10~13階建てのビルがずらりと並び、あちらこちらの屋上に星条旗がたなびいている。

 11月――

 トーニチ専務の亀岡吾郎は、「Kストリート」にある、ユダヤ人ロビイスト、ピーター・ゼルドマンのオフィスを訪れていた。

 窓の外から、地上の車の排気音が聞こえてきていた。

イラスト 「……たぶん法案は、審議未了で廃案だろう」
 会議室のテーブルで、ゼルドマンがいった。

 短く刈った白髪に灰色の太い眉。児玉誉士夫を思わせる図太そうな風貌である。

 「俺にとっては不幸なことだがな」
 老獪なユダヤ人は、にやりと嗤った。

 去る10月20日に、下院の中東・中央アジア小委員会委員長を務めるフロリダ州選出の女性議員イリアナ・ロス=レーティネンが、「ILSA―ECA」(Iran-Libya Sanction Act Enhancement and Compliance Act=イラン・リビア制裁法強化・遵守法)の法案を提出していた。

 法案は、ILSAの強化を目的とするもので、

(1)大統領が制裁の発動を免除するには、免除が米国の国益にとって重要で、かつ、イランとリビアによる大量破壊兵器の入手・開発を防ぐための実効ある手立てを米国政府が講じていなくてはならない。
(2)制裁の対象を、イランやリビアに投資した者だけでなく、資金調達に関わった金融機関にも拡大する。
(3)SEC(証券取引委員会)の中に、グローバル安全保障リスク室(Office of Global Security Risk)を設け、テロ支援国家に投資している会社の活動を監視させる。
(4)2006年までの時限立法であるILSAを無期限とする。

 といったことが骨子になっていた。
 
 「廃案になるというのは、ブッシュ政権がイラクへの自衛隊派遣を望んでいることが大きいのか?」
 亀岡が訊いた。

 左右に、トーニチのワシントン事務所長と、ゼルドマンと親しいテルアビブ事務所のイスラエル人社員が控えていた。

 「それもある。それから、米国内のビジネス団体からの反対が大きい。『USAエンゲージ』が、法案提出の3日後に、反対声明を出している」

 「USAエンゲージ」は、約680の企業や農業団体が加盟するロビー団体。米国の外交政策が企業活動に不利にならないようにするための活動をしている。

 「連中のトップは、ビル・レインシュだからな」

 ウィリアム・レインシュ(William A. Reinsch)は共和党の上院議員。約500の企業が加盟する別の有力ロビー団体である米国外国貿易会議(The National Foreign Trade Council)の共同会長(co-chairman)も務めている、筋金入りの企業利益擁護主義者だ。

 「下院で法案が通っても、上院は反対派のほうが優っている。上院を通すのは簡単じゃない」

 ゼルドマンはプラスチック・カップのコーヒーをすすった。米国のオフィスでよく見かける、取っ手がついた紺色の台座に、白い逆円錐形の器をはめたものである。

 「まあ、俺としても、今回は法案が出ただけマシという感じだよ」

 ゼルドマンの本業は、米国屈指のイスラエル・ロビー団体の外国政策部長。イスラエルの安全保障のために、イランやシリアなど周辺諸国を弱体化させる米国の政策を後押しするのが仕事である。

 「なるほど……」
 亀岡は頷き、視線を窓のほうに向ける。

 ビルの3階にある窓には、赤く色づき始めた街路樹のアメリカガシワ(pin oak)の細い葉が、触れそうなほどの近さにあった。通りの向こう側の歩道を行く人々は、スーツ姿のビジネスマンや学生が多い。

 「ところで、油田の交渉のほうはどうなんだ?」
 ゼルドマンが訊いた。

 「あと2~3ヶ月でまとまるだろう」
 亀岡がいった。
 「一番の問題点は、開発の期間だ。イラン側が6年、日本側が15~20年を主張している」

 「それ以外の点はどうなんだ?」

 「大きな問題はない。総投資額は20億ドル、投資の負担は日本が4分の3で、イラン側が4分の1、生産は2段階に分け、最終的に日量26万バレルを目指す」

 「なるほど……。ヒトシ・タナカがアミンザーデに脅かされたらしいが、大丈夫なのか?」

 「地獄耳だな、ピーター」

 去る11月上旬、田中均外務審議官がテヘランを訪問し、アミンザーデ外務次官と面会した際に、油田開発には欧州勢や中国も名乗りを上げているので、もたもたしていると日本はバスに乗り遅れると忠告されていた。

 「欧州勢、ロシア、中国というのは、連中のいつもの脅しだ。我々は気にしていない」

 「そうか。……まあ、また何かあったら、相談に乗らせてもらおう」

 ゼルドマンは立ち上がり、トーニチの3人をオフィスの出入り口まで見送る。

 細い廊下の両側に会議室や執務室が並んでいた。

 出入り口のドアの手前に大きな書棚があり、外交や中東関係の英語やヘブライ語の書物、ワシントンの電話帳、ロビイスト名鑑、辞書などでぎっしりと埋まっている。

 「MITSUI」、「THE HOUSE OF NOMURA」など、日本関係の本もあった。

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「第11章 遭難(3)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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