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第11章 遭難(4)

2007年4月16日(月)

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 12月6日土曜日――
 
 東京は、いまにも降り出しそうなどんよりした寒空だった。

 青山霊園の外苑東通り沿いにある青山葬儀所には、長い列ができていた。1週間前、北部イラク支援会議に出席するため、4輪駆動の軽防弾車でイラク北部のティクリートに向かう途中、銃撃されて死亡した外務省の奥克彦参事官(死亡後大使に昇進)と井上正盛3等書記官(同・1等書記官に昇進)の両家と外務省による合同葬儀であった。

 低い屋根の葬儀所前には、大型テントの記帳所が設けられ、記帳と献花の順番を待つコート姿の人々の列が延びていた。記帳所のモニターテレビには、白い花で埋まった祭壇に飾られた2人の遺影と、献花をする喪服の人々が映しだされている。

 「やあ、亀岡さんじゃないか」
 記帳を終えて立ち去ろうとしていた亀岡に、列の中から呼びかける声がした。

 資源エネルギー庁の十文字一であった。長身を黒っぽいコートで包んでいた。

 「いや、これはこれは」

 ベージュのコート姿の亀岡が歩み寄る。腹心の法務部長が後に続く。

 「亀岡さんも来てたのか。さすがは人脈が広いねえ」

 銀縁眼鏡の目が、興味深げな光を湛えていた。

 「まあ、奥大使とは、浅からぬ縁がありましたからなあ」

 奥克彦は、1990年8月からイランの日本大使館の書記官として勤務し、現地で「Japan’s real ambassador」と異名を取る亀岡と、テヘランでゴルフをするなどの交流があった。

 「ところで、イランの油田開発の件は、残念なことになったねえ」
 列から歩み出た十文字がいった。

 「しょうがないことですわ」
 亀岡は、だみ声の早口で応じる。

 「トミタ自動車さんは、アメリカに脅されたらすぐ引きますからな。……うちは傘下に入りましたから、方針に従うしかありません。情けない話ですがね」

 亀岡は面白くなさそうな表情。

 「まあ、トミタの奥井さんは、日本じゃ天皇陛下の次に偉い人だからな」
 十文字は冗談とも皮肉ともつかない口調でいった。

 「実は、俺も……」
 長めの前髪をかき上げる。

 「もう聞いてるかもしれないけど、今月いっぱいで役所を辞めることになってね」

 「お聞きしとります」
 亀岡は数日前に、エネルギー部門からの報告で聞いていた。

 「新しい大臣は、春暁(しゅんぎょう)に関心持ってるみたいだし、俺も、そろそろ次のステップに進む潮時かなと」

 去る9月22日に、中川昭一が新しい経済産業大臣に就任した。対中強硬派の中川は、日中間で揉めている東シナ海の春暁ガス田周辺の資源探査を進める方針といわれる。

 「来年夏の参議院選に出ることにしたよ。今、どこの選挙区がいいか、関係者と相談してるところだ」

 「それは楽しみですな」
 亀岡のお世辞に、十文字は満更でもない表情。

 「場合によっては、比例区に回るかもな」

 「ご健闘をお祈りしとります」

 「亀岡さんには色々世話になったねえ。まあ、これからもご縁があることでしょう」

 「そうですな」

 「しかし、俺たち2人が抜けたら、イランの油田開発はどうするのかねえ」

 寒空の下に、十文字の空虚な笑い声が響いた。

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「第11章 遭難(4)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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