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第12章 コールオプション(4)

2007年5月21日(月)

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 5月――

 TERM(東洋エナジー・リスク・マネジメント社)CEOの秋月修二は、オフサイト・ミーティングでイタリアのシチリア島を訪れていた。

 オフサイト・ミーティングは、1990年前後から米国の投資銀行が始めた行事だ。社内の関係者が週末、ホテルやリゾートに集まり、仕事に関する情報の共有化や数値目標の確認、最新の業界事情の紹介、意見交換などを行う。

 同時に、サッカーやテニス、食事会、飲み会などを催し、チームの結束を強める。秋月は、かつてオーストラリアのフィブロ(ソロモン・ブラザーズ傘下の商品取引業者)やロンドンのメリルリンチに勤務し、様々なオフサイト・ミーティングに参加した。部門の業績が悪いと会社の近くのホテルだったが、業績がよいときはハワイに出かけてゴルフをしたこともある。

 今回はTERMの主催で、TERMの社員20人余りと、欧州と中近東に駐在している東洋物産のエネルギー(石油、ガス、石炭)部門の社員約20人を招待した。2002年の初めに発足して以来、TERMは順調に業績を伸ばし、昨年は約30億円の純利益を上げた。今回はジェット機をチャーターし、金曜日の午後に参加者をロンドンから運んできた。

 シチリア自治州の州都パレルモは、紀元前8世紀にフェニキア人により建設された都市である。その後、カルタゴ、ローマ、ヴァンダル、ランゴバルド、ビザンチンと支配権が移り、831年には北アフリカからやってきたアラブ人、1072年にはノルマン人によって征服された。さらに、ドイツ、フランス、スペインの王家が支配し、イタリアに帰属したのは1860年である。

 「世界で最も美しいイスラムの都市」とゲーテが讃えたパレルモの街は、海に面し、三方を低い山で囲まれている。人口は約68万人。

 石畳の通りが多く、壮麗で複雑な彫刻が施されたバロック建築や、幾何学模様のアラベスクが床や壁に施された教会、全戸にベランダと木製の鎧戸がある地中海風住宅など、多くの文明や民族が交差したことを窺わせる街並みだ。地中海は紺碧に輝き、抜けるような青空から強い陽射しが降り注ぐ。

 街はカブール(Cavour)通りを挟んで、東の旧市街と西の新市街に分かれている。旧市街は、通りが迷路のように入り組み、北アフリカから来たアラブ人たちが住み着いている。

 煤(すす)けたアパートのベランダには、色とりどりの洗濯物が満艦飾で翻る。新市街は、南仏のリゾートのような高級マンションが建ち並び、ブティックや靴屋、カフェ、レストランなどが軒を連ねている。20世紀初頭に米国へ向けて大量の移民が旅立った港には、大型客船や貨物船が停泊している。
 
 「……まあ、我々が今やってるヘッジなんて、初歩的なものだからねえ」

 秋月の隣で、英国東洋物産のエネルギー部長がグラスの赤ワインを傾ける。50歳すぎの恰幅のよい男性である。

 東洋物産のLNG部門でやっているヘッジ取引は、例えば数ヶ月先の受け渡しでLNGをスポット購入し、その価格が「受け渡し月のヘンリー・ハブ価格(米国で使用されるガスの先物価格)×0.8」というふうになっていた場合、購入代金を確定するため、NYMEXで先物を買うといった類のものだ。

 「ただ、LNGのスポット取引は増えてるから、今後色々なヘッジのニーズは出てくるだろうね」

 「LNGマーケットの原油市場化ですか」

 紺色のジャケットを着た秋月がグラスのワインを傾ける。

 豊富な日照時間を受けて育ったブドウで作られたシチリアの赤ワインは、温暖な気候や海に近いことからミネラルが多く、濃厚で香り高い。

 オフサイト・ミーティング2日目の晩――

 TERMの一行は「ラ・メディーナ(アラビア語で「都市」)」というレストランで夕食会を催した。港に近い一角のチュニジア料理の店であった。

 高い天井はモスク(イスラム教寺院)のようにアーチを描き、アラベスクが穿たれた白壁には、青、緑、黄色などのタイルで植物模様が施されている。素焼きを透かし彫りした掌(てのひら)や花を象ったランプが幻想的な光と影を投げかけていた。

 土曜の晩ということもあり、店内はほぼ満席。イタリア語や英語がにぎやかに飛び交い、食器が触れ合う音がし、クスクスの肉汁や焼いた魚の匂いが漂っている。

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「第12章 コールオプション(4)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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