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第13章 鯨の葬式(1)

2007年6月4日(月)

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 秋月が、東洋住之江銀行欧州本部を訪れていた頃――

 五井商事の金沢は、「サハリンB」の財務委員会の会議に出席していた。

 場所は、英国東洋物産の会議室。東洋住之江銀行欧州本部のオフィスから西へ1キロほど行ったオールド・ベイリー通りにある。

 室内は薄暗くされ、壁のスクリーンにカラー映像が映し出されていた。

 スクリーンの中で、葬式用の黒衣に身を包んだ人々が、木と紙で作った灰色のコククジラの模型を担いで歩いていた。模型は全長約6メートル。頭部は鯨と分かるが、身体は白い骸骨で、死んだ鯨を表わしている。

 環境NGO「アース・ウィンズ」の英国支部が中心になって行った「鯨の葬式」と題するパフォーマンスであった。

 行われたのは約1ヶ月前の4月17日土曜日で、場所は、ロンドンの金融街シティの北東寄りにあるビショップスゲート通り。模型を担いだ人々の向こうで、赤い2階建てバスやブラックキャブが行き交い、広い通りの向こうに茶色い近代的なビルが見える。EBRD(欧州復興開発銀行)の本部ビルである。

 光の筋を放っているパソコンから、動物の啼き声のようなくぐもった音が聞こえてきた。

 「鯨の悲鳴だそうです」

 パソコンの傍らにすわった米系投資銀行CSFA(CSファースト・アトランティック)の若いアソシエイトがいった。オックスフォード大学出の坊ちゃん顔の男。

 「環境団体はパフォーマンスが上手いですね」
 横長の黒縁眼鏡をかけた財務部の若手が金沢に囁く。

 金沢はスクリーンに視線を注いだまま、頷いた。

 鯨の模型を担いでいるのは4人の男たち。先頭の男は胸に「EBRD DON’T KILL WHALES, NO PUBLIC MONEY FOR OIL(EBRDは鯨を殺すな。石油のために税金を使うな)」と書かれたプラカードを掲げていた。

 模型の後ろにも葬列のように黒衣の人々が続き、「EBRD DON’T KILL WHALES」と白地に黒い文字で大書された横断幕が高々と掲げられていた。

 そばの歩道で、ビラ配りをしている人々が映っていた。環境保護団体の人々だ。フリースやジャンパーにジーンズといった質素な服装の若い人たちが多い。

 金沢はそれらの人々にじっと視線を凝らす。色白のアジア系の顔の女性が目に入る。髪は肩の辺りまで。灰色と赤で雪の結晶が織り込まれたセーター姿。

 (やっぱり、いたか……)
 妹のとし子であった。

 環境保護団体の「アース・ウィンズ・ジャパン」でサハリンBを担当している。
 とし子は、ビラとCDを配っていた。CDが珍しいのか、受け取っている通行人が結構多い。

 ビラのコピーは、今、金沢の目の前に置かれている。

 英語で、サハリンBプロジェクトが進められるサハリン島は、生息数わずか100頭といわれるコククジラや、北海道で越冬するオオワシ、オジロワシなど、絶滅の危機にある野生生物が多く棲息する地帯であるにもかかわらず、調査や対策が不十分なまま、EBRDをはじめとする公的融資機関が融資をしようとしていると非難していた。

 「鯨の葬式」の行列は、EBRD本部を半周し、ビルの西側にあるエクスチェンジ広場に出た。英国北東部への列車が発着するリバプール・ストリート駅に面した広場である。EBRD本部は、小山のように聳える茶色い13階建てのビル。

 デモ行進の列は、ビル正面の階段をゆっくりと上って行く。階段の上で、頭の禿げたスーツ姿の男性が待ち受けていた。

 EBRDの環境局長(Director of Environment Department)、アリステアー・クラーク(Alistair Clark)だった。EBRDに入る前は、環境コンサルティング会社で長く働いていた学者肌の英国人である。

 クラークは、弦の細い眼鏡をかけた知的な顔に微笑を浮かべ、「鯨の葬式」の一行を迎えた。一行の1人がクラークと握手を交わし、白い封筒に入れた手紙を渡した。

 「……ということで、EBRDに対する環境団体からの要望書が手渡されました」
 CSFAの男がいい、ビデオが終わった。

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「第13章 鯨の葬式(1)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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