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鯨の葬式(5)

2007年7月2日(月)

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 亀岡吾郎と法務部長が新橋駅近くの縄暖簾で杯を傾けた翌日――

 TERM(東洋エナジー・リスク・マネジメント社)の秋月修二は、大手町にある東洋物産本社で、会議用のテーブルについていた。

 皇居大手濠(おおてぼり)沿いに聳える地上24階建てのビル。窓には分厚いガラスが嵌められ、戸外の蝉の鳴き声や車の排気音をシャットアウトしている。

 「……これだけ石油の相場が上がってると、CAO(中国航油料)は、相当な含み損を抱えているんじゃないんですか?」

 市場リスク統括部の若手社員がいった。手元に、様々な資料を広げていた。

 「中間決算は、一応、利益が出てることになってますけど……実態はどうなんです?」

 細面の若手社員は、秋月を見る。

 CAOの6月末の中間決算は、結局、オプション取引をマーク・トゥ・マーケット処理せず、3830万シンガポール・ドル(約24億円)の税引前利益を上げたと発表されていた。

 「まあ、かなり損は出ていると思いますね」
 真ん丸いフレームの眼鏡をかけた小柄な秋月がいった。

 スカッシュで鍛えた、引き締まった身体つき。昨年、日本円で約20億円の報酬を得て、ロンドンの高級住宅地ハムステッドの自宅に、自分専用のスカッシュコートを作った。

 「これ以上、CAOと取引を増やすのは、リスクがありすぎるんじゃないのかねえ?」 

 市場リスク統括部の50歳すぎの男性社員がいった。すだれ頭で銀縁眼鏡をかけていた。

 「我が社は、国後島のディーゼル発電の不正入札で逮捕者を出したり、モンゴル政府高官への贈賄疑惑が発覚したりで、今は無理して収益上げるより、コンプライアンス重視だからねえ」

 東洋物産では、事件を契機に、会長、社長が辞任した。

 「お言葉ですが、CAOとの取引は、むしろ、ここからが本番です」
 秋月が微笑をたたえていった。

 「ここで止(や)めたのでは、何のために今まで苦労して彼らとリレーションを作ってきたのかわかりません」

 口調は穏やかだが、相手の言葉を真っ向から否定した。剥ぎ取れる相手からは思い切り剥ぎ取るのが「日本人の皮をかぶったインベストメント・バンカー」秋月の信条だ。

 テーブル周囲の社員たちが、困惑したような表情を浮かべた。

 会議に出席していたのは、TERMが属する金融市場本部のスタッフと、社内の管理部門である信用リスク統括部、市場リスク統括部の社員たち。全部で10人ほどである。

 信用リスク統括部は昔の審査部で、市場リスク統括部はデリバティブなどのリスクを管理する。前者はいわば、いくらまでエクスポージャー(リスク)を取ってよいかを決め、後者は、各取引がいくらのエクスポージャーになるのかを計量する部だ。

 「今、CAOに対するエクスポージャーはどれくらい?」
 金融市場本部で企画を担当する業務部の男が訊いた。

 「現時点で、約4000万ドル(約44億円)ですね」
 市場リスク統括部の若手社員が手元の資料に視線を落としていった。

 「秋月さん、どれくらいまでやるの?」
 業務部の男が訊いた。

 「やれるだけやります」
 秋月は平然と答えた。

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「鯨の葬式(5)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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