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第14章 破綻(5)

2007年8月20日(月)

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 シンガポールは、午後の遅い時刻になっていた。チェン・ジウリンは、自分のデスクで電話にかじりついていた。

 「……わかりました。その文言は修正しても問題がないと思いますので、早速ドラフトを書き換えて、お送りします。……はい、では、よろしくお願い致します」
 ジウリンは話を終え、受話器を置いた。

 両目の下にくっきりと隈ができ、肉付きのよい顔からは以前の精気が消え失せていた。再び受話器を取り上げ、社内弁護士の内線番号を押す。

 「ああ、俺だ。今、北京と話したんだが、オプションの引き取り契約書の草案の一部をな、ちょっと変えてくれといわれた。……うむ。今から向こうのいってきたポイントをいうから……」

 ジウリンは中国語のメモと契約書の草案を見ながら、指示を出し始める。

 「……それから、第4項のトランスファー(移転)の時期だが……ああ、そうだ。それをな、あと1週間後ろにずらして……」

 ジウリンは、オプションのポジションを親会社に引き取ってもらうべく、懸命に働きかけていた。

 NYMEXとロンドン国際石油取引所(International Petroleum Exchange)における過去20年間余りの相場を分析し、「過去、原油の年間平均価格が30ドルを超えることはほとんどなく、戦争があった年でも33ドル台だった。

 従って、原油価格はいずれ下がる。オプションのポジションは持ち続けるのが最良の対処方法である」と力説した。相場が下がれば、売ったコールオプションの価値はゼロになり、支払い義務もなくなるという理屈だ。

 「……じゃあ、そういうことで。よろしく頼む」
 ジウリンは受話器を置いた。

 大きく1つため息をついて、デスクの上に置いてあった別のメモに手を伸ばす。

 BP、Vitol(スイス系石油トレーダー)、富地石油(フォーチュン・オイル)、中化(中國中化集團公司=SINOCHEM)、CNOOC(中國海洋石油総公司)といった名前があり、それぞれの横に、ジウリンが漢字で書き込みをしていた。

 これら企業に対して、オプション取引の相手を親会社に変えるべく交渉中であった。また、BP、SINOCHEM、CNOOCに対しては、CAOへの出資も打診していた。
 ジウリンは、眉根に皺を寄せ、リストを見詰める。

 ドアがノックされた。

 視線を上げると、ガラスの扉の向こうにシンガポール人財務部長が立っていた。

 「第3四半期の決算の数字です。11月12日に発表の予定です」

 書類を差し出す中年のシンガポール人の顔が、心なしか青ざめていた。

 ジウリンが手にとって、数字を眺める。
(税引前利益が4960万シンガポールドルか……)

 オプション取引で710万ドルの損失額が発生していたが、他のビジネスでカバーし、黒字になっていた。

 「この数字でいいと思う……」
 いいかけたとき、ジウリンは、もう1枚書類が添付されているのに気づいた。めくってみると、別の数字が並んでいた。

 訝しげに視線を走らせたジウリンの目が動揺した。

 「な、何だこれは!? 税引前で、3億7900万シンガポールドルの赤字だと!?」
 血相を変えて、目の前の財務部長を見上げた。

 「オプションをマーク・トゥ・マーケット処理した結果です」
 財務部長の顔が強張っていた。

 「シンガポールの財務会計基準では、こちらのほうの数字を発表しなくてはなりません」

 「おい、ちょっと待てよ!」
 ジウリンは大声を出した。

 「何で急に計上方法を変えるんだ!? 第2四半期だって、オプションはアモタイジング方式で評価したじゃないか。今、会社にとって大事な時期だってのは、お前にもわかるだろ?」

 「いや、しかし、もうこれ以上は……」
 財務部長は微かに震えていた。

 「これ以上やりますと、犯罪になります」

 「は、犯罪っていったって……」
 ジウリンは言葉が続かない。

 「会計基準に則った数字を発表させていただけないというのであれば、わたしは辞表を提出するしかありません」
 財務部長は声を振り絞るようにいった。

 「じ、辞表だと……」

 「辞表を提出して、シンガポール当局に事の次第を報告します」

 「いや……ちょっと待て。そんなこと、急にいい出されても……」

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「第14章 破綻(5)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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