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第14章 破綻(7)

2007年9月3日(月)

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 チェン・ジウリンは、妻と共にシンガポールを発ち、北京に向った。

 CAOが、オプション取引による5億5000万ドルの損失を発表した翌日(12月1日)のことだった。2人には10歳になる息子がおり、北京に住む妻の両親に預けられ、小学校に通っている。

 北京に到着した日の午後6時20分、シンガポールの英字新聞である「THE STRAITS TIMES」の記者からジウリンの携帯に電話が入った。

 コメントを求められたジウリンは、「CAOの株主に対してお詫びする。ただ、わたしは、会社と株主のためにできる限りのことはやった」と短く答えた。

 12月2、3日の両日、ジウリンは親会社である中國航空油料集團公司に出頭し、破綻の経緯や今後とるべき対応策について、事情を聴取された。

 当初、親会社は、事件をCAOだけの問題として逃げようとした。しかし、SGX(シンガポール取引所)から調査への協力の要請があり、ドイツ銀行を販売幹事として行った株式の処分に関して、インサイダー取引の嫌疑で犯罪捜査が始められる事態に直面し、事件に向き合わざるを得なくなった。

 すでに親会社から4人が、事後処理のための緊急対策チームとしてシンガポールに派遣されていたが、社長である莢長斌(ジャー・チャンビン)も現地に赴くことになった。

 12月4日土曜日――

 ジウリンは北京の空港で、武漢行きの飛行機の搭乗待ちをしていた。

 妻を北京に残し、1人で故郷の寶龍村に向かうところであった。コート姿のジウリンは、待合室のプラスチックの椅子にすわり、俯いて携帯電話でメールを打っていた。

 「風蕭蕭兮易水寒、壯士一去不復還(風しょうしょうとして易水寒く、壮士は一たび去って復た還らず)。人生本有終歸路、何須計較長與短」

 ジウリンは、心境を「史記」の中の1編の詩に託し、友人に送った。

 燕の荊軻(けいか)が、秦王・政(後の始皇帝)への刺客として、秦と燕の国境である易水(現在の河北省易県を流れる川)を渡る時に、白の喪服をまとった見送りの人々に対して詠んだ詩である。

 「史記」の中でも最も美しい場面とされ、詩の後半は、人生には必ず終わりがあり、長い短いを計算する必要があろうか、という意味だ。荊軻は、秦王との謁見に成功するが、暗殺に失敗し、その場で斬り殺され、翌年、燕は滅ぼされた。

 搭乗のアナウンスがあり、ジウリンは、他の乗客たちと一緒にゲートを通り、その先に停車していたバスに乗り込んだ。運転席のほうに視線をやると、運転手は、洗面器のような器に盛った飯を掻き込んでいた。

 ジウリンの前には、黒いコートを着た中年の中国人が立っており、手にしたアタッシェケースを見ると、dunhillと同じ字体で、dunbilaと銘が入っていた。

 武漢までは2時間弱のフライトである。

 ボーイング737型機が徐々に高度を下げ始めた時、ジウリンはビジネスクラスの席から眼下を見下ろした。地上で茶色い大河がうねっていた。長江である。

 チベット高原に源を発し、成都、重慶、武漢、南京、上海などを経て東シナ海に注ぐ。全長6300キロメートルで中国最長、世界第3位の川である。上流部は金沙江(きんさこう)、下流部は揚子江と呼ばれる。

 間もなく機は、武漢空港に到着した。空港ビルは2階建ての比較的小さな建物。屋上に「武」というネオンのような鮮やかな朱色の文字の看板と、「WUHAN」という藍色の文字の看板が並んでいる。

 予め頼んでおいた車が迎えに来ていた。すすけた緑色の古いシトロエンのセダンであった。

 寶龍村(湖北省黄岡市水縣竹瓦鎮寶龍村)は、地元のタクシー運転手でも知らないような小さな村で、予め車を頼んでおかないと、バスを乗り継いで数時間かけて行かなくてはならない。

 午後の早い時刻であった。木枯らしが吹く北京よりぐっと暖かく、気温は15度以上あった。

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「第14章 破綻(7)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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