「宿輪純一の「逆張り経済論」」

イスラム経済思想は日本を救う

バックナンバー

2007年11月2日(金)

1/3ページ

印刷ページ

 筆者には、イスラム教徒である同じ年齢の友人がいる。当局で金融の仕事に就き、能力は抜群。西洋式の金融知識についても、筆者よりも勉強していると思う。車でクアラルンプールの市内を案内してもらったり、日本人以上に心配りもできる。

 そんな彼に、ある時仕事が終わって、何とはなしに「飲みに行く?」と言ってしまった。イスラム教徒はお酒が飲めないということをすっかり忘れていたのだ。さすがに「いやそれはできない」という答えだった。その時以外は、彼がイスラム教徒であることが全く気にならなかったのである。

 原油価格の上昇とイスラム経済の拡大に伴って、「イスラム金融」が脚光を浴びている。イスラム金融は実に70カ国以上に広がり、総資産は約5000億ドル以上もあるとも言われている。しかも、毎年約20%ずつ増加しているとも言われ、様々な新聞・雑誌で特集が組まれている。

 しかし、筆者が最も注目しているのは、そんな急成長ぶりよりもイスラム教の聖典である「コーラン」に基づく経済思想(考え方)である。ここに現在の日本が抱える経済問題を解決する糸口があると、筆者は考えるからだ。そこで今回の逆張り経済学は、イスラムの考え方が日本経済にとってどれほど有用か紹介したい。

成長促進と相互扶助

 まずイスラムの経済・金融のベースとなる部分を簡単に説明しよう。日本では政教分離が採用されているが、イスラム諸国では政治・経済のすべてがコーランに基づく「イスラム法(シャーリア)」に合っているかが重要で、これをチェックするイスラム法学者(ウラマー)が存在する。

 例えばイスラムの教義に反する投機や酒、豚肉、賭博、ポルノ関連の事業への投資は基本的に禁止され、誠実・公平・扶助の精神という独特の金融・経済思想がある。

 イスラム教徒が行わなければならないことは5つある。「礼拝」「巡礼」「断食」「信仰告白」「喜捨」である。特に「喜捨」は金融・経済に関係が深く、相互扶助や弱者救済のために行われ、事実上の租税、それも宗教的な意義を持つものとしての役割がある。

 イスラムでは労働を尊重しており、利益を上げるのは蔑視しない。預言者モハメッドが商人出身である影響から、むしろ商業を積極的に肯定する。複式簿記を発明したのはイスラム商人であり、イスラム(ムスリム)商人の交易網は世界中に広がり、商業の中心地バザール(市場)が存在し、手形や為替など現在の金融の基本となる制度も整備された。

 ところが労働を伴わない利益や、例えば不労所得である預金・貸し出しによる利息・利子は存在しない。本来、所有は神のみが行い、財産(富)を退蔵することは卑しいとされ、それを最大限に活用しなければならないからだ。 利息付きの預金は認められない。ところが、直接投資は認められている。

 そのため、財産は常に生産・流通などに回されることになり、富の循環(投資)を促進させる効果がある。例えばイスラム債券である「スクーク」は、投資で得られた収益を収益額に応じて投資家に分配するもので、株式のような性質を持つ。

 いわば米シリコンバレーのベンチャーキャピタルのように、リスクを取って成長を促進する経済・金融システムが存在するのだ。こうした活発な直接投資は、経済に刺激を与える効果を持つ。

 その一方で、先物やデリバティブは禁止されている。「ラクダ売買の時に胎内にいる子供も見込んで売買してはいけない」と表現される先物の禁止規定があるためだ。実態の無いデリバティブも同様である。

 これらの金融・経済思想から考えると、1997年のアジア経済通貨危機の時にイスラム教国マレーシアのマハティール前首相が、ヘッジファンドを強く非難したのも理解できる。今回のサブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)問題でもイスラム経済圏がほとんど影響を受けなかった理由にも関連がありそうだ。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



バックナンバー>>一覧

関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
この記事を…
内容は…
コメント12 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

宿輪 純一(しゅくわ・じゅんいち)

宿輪 純一1963年生まれ、麻布高校・慶應義塾大学経済学部卒業
(職歴)1987年、富士銀行に入行。国際資金為替部、海外勤務、決済事業企画部などに勤務。1998年、三和銀行企画部に移籍。決済業務部、UFJ銀行(合併)、UFJホールディングス経営企画部、UFJ総合研究所国際本部などに勤務。
(教歴/兼務)2003年東京大学大学院非常勤講師(3年)、清華大学大学院(中国)顧問、2007年早稲田大学非常勤講師(現職)、2009年上智大学非常勤講師。
(現在)博士号(経済学)を持つエコノミスト。早稲田大学非常勤講師。ボランティア公開講義「宿輪ゼミ」代表。
(専門)通貨、国際金融、市場、決済。マクロ経済、国際経済。企業戦略。
(趣味)映画評論、シネマ経済学。
(委員)アジア開発銀行「アジア債券市場イニシアティブ(ABMI)」、財務省「ASEAN為替制度と金融市場研究会」、経済産業省「グローバル財務研究会」、外務省「アジア太平洋経済委員会」、全国銀行協会「SWIFT委員会」、「大口決済システム検討部会」、「全銀 システム検討部会」ほか。
(単著)『通貨経済学入門』、『アジア金融システムの経済学』、『実学入門 社長になる人のための経済学―経営環境、リスク、戦略の先を読む』(以上、日本経済新聞社)。『ローマの休日とユーロの謎―シネマ経済学入門』(東洋経済新報社)。
(共著)『マネークライシス・エコノミーグローバル資本主義と国際金融危機』(日本経済新聞社)。『円安VS円高―どちらの道を選択すべきか』、『決済システムのすべて』、『証券決済システムのすべて』(以上、東洋経済新報社)ほか.
オフィシャル・ウエブサイト:http://www.shukuwa.jp/
過去のコラム:宿輪純一の「逆張り経済論」



このコラムについて

宿輪純一の「逆張り経済論」

「エコノミスト兼映画評論家」という一風変わった肩書きを持つ金融マンが、経営・経済・金融の動向を世の大勢とは少し違った視点で眺め、逆張りの異論を提供します。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン

日経ビジネスからのご案内