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第16章退役イギリス軍人(3)

2007年11月19日(月)

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 翌年(2006年)3月――

 『北樺太石油の歴史は、初期の数年間を除いて、ソ連政府による外国企業への圧迫の歴史であった。元々ソ連は行政機構が複雑で、法律は相互矛盾し、労働者の権利も強い。そのため、現地の監督官が、一切の建造物は石造煉瓦かコンクリート造りにせよといった無茶な要求をしたり、不当な関税を課したり、労働者との団体協約交渉が紛糾したりして、会社はそのつど駐日ソ連通商代表部を通じて抗議したり、モスクワの中央政府と直接交渉しなくてはならなかった。

 やがてソ連が徐々に国力と技術力を付け、自前で石油開発ができるようになると、北樺太石油は完全な厄介者扱いされるようになった。ソ連側による締め付けは一段と激しさを増し、道路や宿舎の建設にことさら厳しい基準を課し、それが満たされないと施設の使用を禁止し、櫓の再設計を強要して建設を100日以上遅らせ、石油貯蔵タンクを封鎖し、社会保険料の支払いが遅延しているとして過大な延滞料を請求し、労働者に様々な手当てを与えることを命じ、可燃性物質の管理責任違反であるとして日本人の鉱業所長を起訴し、木工場の室温が規則より低いと罰金を課し、日本人職員にスパイ罪で2年6ヶ月の刑を科し、日本人労働者数を不当に制限し、ありとあらゆる嫌がらせを行なった。

 昭和11年(1936年)に日独防共協定が締結されると、締め付けはソ連中央政府の方針となり、生産は徐々に低下し、昭和19年には日本への持込原油はゼロになった。同年、両国政府で権益終了に関する交渉が持たれ、ソ連側は北樺太石油が契約と法規に違反したとして莫大な罰金を要求し、日本側は実質的に無償で生産設備や生活関連インフラを引き渡すことになった。権益期間中の日本側の収支は、収入8128万円、支出1億7547万円で、9376万円の赤字であった』

 五井商事の金沢明彦は、読んでいた本から視線を上げた。

 大正時代から昭和19年にかけ、北樺太で石油を生産していた北樺太石油(株)の歴史であった。久原鉱業、三菱鉱業、日本石油などによって設立された「北辰会」を前身とする日本の国策会社、北樺太石油に対して、ソ連政府が石油の開発と生産を委ねたのは、ソビエト政府が1917年(大正6年)の「10月革命」で成立したばかりで、外国の干渉と内戦並びに未曾有の飢饉で国土が疲弊し、自力で天然資源を開発する余力がなかったからだ。

 (『ソ連が徐々に国力と技術力を付け、自前で石油開発ができるようになると、北樺太石油は完全な厄介者扱いされるようになった』か……)

 まるで今と同じような状況ではないか。

 ロシアが、サハリンA、Bプロジェクトに関して外国企業とPSA(生産物分与契約)を結んだのは、ペレストロイカや旧ソ連の崩壊で国が疲弊し、自力で開発をすることができなかったからだ。しかし、2003年後半あたりから原油価格が上昇し、国の財政が豊かになってくるにしたがって、プーチン政権の外国企業に対する態度は強硬になってきている。

 (トーニチの亀岡吾郎は、ロシアは強盗の国だといって毛嫌いしているそうだが……)

 サハリンBのコスト倍増について、ロシア政府は態度を硬化させたままだ。話し合いが暗礁に乗り上げたまま、工事は着々と進んでおり、7割以上が出来上がっている。

 窓の外を見ると、列車は雪の荒野の真っ只中を走っているところだった。

 すでに陽は落ち、原野と山と空は、灰色、黒、黒みがかった青の3色に分かれている。時間の経過とともに、3つの色は1つに融け合い、やがて闇の中に沈んで行く。

 列車はサハリン島中部を南下しているところだった。

 車両を牽引するのはTG16型ディーゼル機関車。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルとなった機関車だが、老朽化している。

 「あと1時間くらいですか」

 金沢の向かいにすわった中年男性が呟くようにいった。
眼鏡をかけた、理知的な風貌。以前、金沢が「エクエーター原則」について教わりに行ったメガバンクの参事役であった。

 「そうですね。そんなもんでしょう」

 金沢が腕時計に視線を落としていった。

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「第16章退役イギリス軍人(3)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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