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第16章退役イギリス軍人(4)

2007年11月26日(月)

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 「……TERMがやるようなエネルギー・デリバティブの取引に関しては、マーケットにはイールド・カーブが存在しないんです。したがって、収益計算に使っているイールド・カーブが妥当なものかを慎重に判断する必要は、もちろんあります。……エンロンのように、イールド・カーブを操作して、見せかけの利益を出す企業もありますからね」

 秋月修二は、丸い眼鏡をかけた顔に微笑を浮かべた。

 ロンドンのセントポール寺院のそばにあるTERM(東洋エナジー・リスク・マネジメント)の真新しいオフィスであった。会議室のテーブルの反対側に、本社の市場リスク統括部から監査にやって来た社員たち4人がすわっていた。

 TERMは今期、税引前で6000万ドル近くの利益を上げていた。あまり儲かっているので、本社がかえって心配して、2週間前に監査チームを送り込んだ。

「これがベースになるイールド・カーブのモデルですか……」

 秋月の正面にすわった年輩の社員が手元の資料を繰る。すだれ頭で銀縁眼鏡をかけていた。

 「うちにはリスク・マネージャーがいて、取引をあらゆる断面で切って、リスク量や収益を判断しています。イールド・カーブについても、ベスト・ケース、ワースト・ケースなど、複数のシナリオを吟味して、最も適当と思われるものを使っています」

 秋月がいった。

 「先物がコンタンゴになってますが、これは当面変わらないとお考えですか?」

 市場リスク統括部の若手社員が訊いた。

 昨年末頃から、原油先物市場のイールド・カーブが従来のバックワーデーション(逆ザヤ、すなわち先安)からコンタンゴ(順ザヤ、先高)に変化し、原油市場のパラダイム・チェンジを示していた。すなわち、過去の原油価格の平均値である20ドル前後にいずれは落ち着くという見方が根本的に覆っているということだ。

 「コンタンゴは当分変わらないでしょうね」

 秋月がいった。

 「理由は?」

 「年金基金です」

 「年金?」

 秋月は頷いた。

 「カルパースとかABPとかオンタリオ州(カナダ)の教職員年金基金の資金が、コモディティ市場に流れ込んで来ているからです」

 カルパース(CalPERS)はカリフォルニア州職員退職年金基金、ABPはオランダ公務員教職員年金基金。運用資産の規模はそれぞれ、2000億ドル(約23兆5000億円)と1907億ユーロ(約29兆円)。

 「どんな形で入ってきてるんですか?」

 「コモディティインデックス・ファンドを通じてですね」

 原油、金、非鉄、穀物などの商品(コモディティ)価格を指数化し、それに連動させたファンドのことだ。指数の代表的なものとして、GSCI(Goldman Sachs Commodity Index)やDJAIGCI(Dow Jones AIG Commodity Index)などがある。

 「今、WTI(先物)が62~63ドルですが、実需で説明がつくのは40ドル程度です。残りの22~23ドルのうち、3分の2は年金、3分の1がヘッジファンドの資金流入によるかさ上げでしょう」

 昨年末の推計で、コモディティインデックス・ファンドを通じてWTIの先物市場に流入した資金は円貨換算で約2.1兆円。WTI先物市場は全体でも8兆5000億円程度の規模しかないので、相当なインパクトを与えている。

 「それから、人事に関してですが……」

 年輩の社員が話題を変えた。

 「先月、トレーダーを3人解雇して、訴訟になっているようですが……」

 「成績が上がらないので解雇しました。ストックオプションを行使されると、損が出ますからね」

 TERMはトレーダーたちに東洋物産のストックオプションを与えていた。秋月は、3人のトレーダーがオプションを行使できる直前で解雇した。

 「連中の給料やオプションを行使されたときのコストで、新しい優秀な人材を雇う予定です」

 秋月は躊躇なくいった。

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「第16章退役イギリス軍人(4)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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