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第17章 原生花園(3)

2008年1月21日(月)

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 JR釧網(せんもう)本線「原生花園駅」は、緑色の屋根のログハウスだった。

 単線の線路にプラットフォームが1つだけという単式ホームの駅で、普段は無人だが、夏の間だけ知床斜里駅から駅員が派遣され、入場券やTシャツなどの記念グッズを販売している。

 駅の北側のオホーツク海に沿って原生花園があり、南側には冬季にオオハクチョウが渡ってくる濤沸湖(とうふつこ)が広がっている。

 小清水(こしみず)原生花園は、海沿いの約8キロメートルにわたって東西に延びる細長い一帯である。5月から8月にかけて、約40種類の野生の花々が咲く。

 「おっ、キリギリスがいますねえ!」

 海に向かって延びる道で、財務部の若手が立ち止まった。

 「キリギリスなんて見るの、20年ぶりくらいだなあ」

 腰をかがめ、柵の向こうの草むらを一心に覗き込む。

 ススキの葉の上で、鮮やかな緑色の虫がじっとしていた。翅(はね)は茶色。先ほどまで鳴いていたが、人の気配に警戒している様子。

 周囲には、赤いハマナスや黄色いオグルマなどが咲き誇っていた。

 「北海道もずいぶん都市化したけど、ここは自然が手厚く保護されてるから」

 金沢がいった。

 原生花園は、昭和33年に指定された網走国定公園の一部である。

 2人は、野生植物の緑の中を縫うように延びる順路をゆっくり歩いて行く。

 気温は26度。

 花々の上を、潮の匂いを孕んだ風が吹き抜け、ザザーン、ザザーンという波音と、ギイーッチョンという、キリギリスたちの盛んな鳴き声が聞こえる。

 夏休み中なので、子供連れが多い。韓国語や中国語を話しているグループもいる。

 花園というより、植物や潅木が生い茂る原野である。

 「きれいはきれいですけど……自然の厳しさも感じさせる景色ですねえ」

 財務部の若手が、感慨深げにいった。

 原生花園の植物は、北国の長く厳しい冬を耐え、短い夏の間だけ、可憐な花々を咲かせる。

 曲がりくねった順路をしばらく歩くと、砂浜に出た。

 砂は熱く焼けていた。裸足で10メートルも歩くと我慢ができなくなる。

 2人は手にしていた靴を、裸足の足に履いた。紐のない革のスリップオンは、プライベートでも使えるので出張には便利である。

 波打ち際には、澄んだ水が規則正しく打ち寄せていた。

 2人は靴を脱ぎ、海に足を入れた。

 「冷たいですね、北の海は」

 「何とか頑張って泳げる程度だね」

 貝殻を拾ってみると、波に洗われて輝くように白く、角は丸まっていた。

 2、3個手にとって触れ合わせると、陶器のような硬質の音がした。

 「こういう肉厚な貝殻っていうのは、寒い海の特徴なんでしょうかね?」

 しゃがんで貝殻を拾いながら、財務部の若手がいった。

 「そうなんじゃないかな」

 視線を上げると、涼しい風が沖のほうから吹いてきていた。

 「いい風だなあ」

 都会の喧騒や、仕事の気ぜわしさが、洗い流されるようだった。

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「第17章 原生花園(3)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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