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第18章 省益油田の挫折(3)

2008年2月25日(月)

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 9月下旬――

 亀岡は、千代田区紀尾井町の料亭で、自民党の有力国会議員に会っていた。

 昭和初期に旅館として開業した瓦屋根の日本家屋は、鎌倉時代の庄屋を移築したものだった。玄関に続く石畳の両側に木々が鬱蒼と繁り、都心にいることを一瞬忘れさせる。

 ガラスを嵌めた障子の向こうに、苔むした庭が見える一室だった。

 「……亀岡さん、そりゃ、内々にでも無理だと思うよ」

 大きな造作に太い眉の議員は、刺身に箸を伸ばした。

 器は魯山人作の古染付であった。

 「やっぱり、そうでしょうなあ」

 真っ白なワイシャツ姿の亀岡が、嘆息する。

 4月以来、事態を打開するため奔走してきた疲れが顔に滲み出ていた。

 「二階さんだって、エネ庁だって、内々にプロジェクトをサポートするといって、イランの新聞に発表されたりしたらかなわないもの」

 亀岡の高校の同窓生で、経産省にも近い議員は、よく通る声でいった。

 「そうすなあ……」

 亀岡は頷き、小ぶりのグラスの日本酒を口に運ぶ。

 江戸切子のグラスは、淡いピンク色に透き通っていた。

 「サハリンBのほうは、政府もずいぶんとサポートしているのに、イランのほうはさっぱりですな」

 二階経産相や麻生外務相、駐露日本大使などがロシア側に善処を申し入れている他、次期総理の呼び声が高い安倍晋三官房長官も「日露関係に悪影響を及ぼす」と懸念を表明していた。

 「サハリンのほうは、もう出来上がってるプロジェクトだからねえ」

 議員がいった。「日本の電力会社やガス会社も調達計画に入れてるし」

 「経産省やエネ庁も、イランどころじゃないって感じですなあ」

 亀岡がぼやく。

 「官邸はアメリカの傀儡(かいらい)で、エネ庁はエクソンモービルの鞄持ちだからな」

 胡坐(あぐら)をかいた議員が笑った。

 庭の鹿威し(ししおどし)が鳴った。

 「亀岡さん、エネ庁がサハリンAのガスを東電に売りつけようとしたって知ってるかい?」

 「聞いとります。おととし(2004年)の11月か12月頃の話ですな」

 議員が頷いた。

 サハリンAプロジェクトのガスを日本に売りたいエクソンモービルが、米国政府を通じて圧力をかけ、同庁の小平信因(のぶより)長官が、東京電力の勝俣恒久社長のところに足を運んで購入を頼んだという一件である。

 しかし東京電力側は、要請を頑として受け入れなかった。LNGは独自かつ長期で調達している上に、電力自由化における経産省・エネ庁による東電の扱い方への反発や、ガスパイプラインを敷くと新規の発電事業者が現われることへの警戒感、パイプラインのルートが東京電力の原子力発電所が多い場所を通過する可能性があったことなどがその背景といわれる。

 「アメリカがイランに頭にきてるのは、ドルの関係もあるようだな」

 議員が江戸切子のグラスを傾ける。

 「原油の輸出代金ですな」

 亀岡が相手のグラスに日本酒を注ぐ。

 イランは原油の輸出をドル建て決済からユーロや円建てに変えようとしていた。

 米国の金融制裁で米銀と取引ができないので、ある意味、当然の措置だ。また、米国の政治的影響を受ける可能性がある日本や欧州の銀行との取引を減らし、中国の銀行にシフトしている。さらに、外貨準備の米ドル比率も引き下げている。

 「年初からドルが下がって、各国の中銀が外準(がいじゅん)の米ドル比率を軒並み引き下げてるだろ? 湾岸諸国も通貨のドルペッグ(ドルとの連動)離脱の動きを見せてるし。……アメリカは、相当ナーバスになってるな」

 米国は国際収支と財政の赤字を米国債を売って補填している。世界的なドル離れが加速すると、自国の経済を支えている仕組みが根底から崩れる。

 「サダム・フセインも、原油の代金をユーロに変えようとして、アメリカにやられましたしなあ」

 イラクは、2000年11月頃、原油代金のユーロ建て決済を買い手に打診していた。

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「第18章 省益油田の挫折(3)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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