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英国:リーダー育成の熱は衰えず

  • スティーブ・モリヤマ

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2008年2月28日(木)

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英国の国旗

英国の国旗

 前回、福祉国家フィンランドを取り上げたが、「ゆりかごから墓場まで」という有名なスローガンは、英国の労働党が第2次大戦直後に掲げたものである。ちょうどその頃、政府が鉄道や通信をはじめとする重要基幹産業の国営化を推進していたことも相まって、財政赤字は雪だるま式に膨らみ、経済は悪化の一途をたどっていった。

地図

 これがいわゆる「英国病」の始まりである。福祉政策と国有化政策の失敗から国民の反感を買った労働党は、1979年から18年間にもわたって、表舞台から消えることになる。

 代わって登場したのが「鉄の女」マーガレット・サッチャー率いる保守党である。自助努力と効率性をモットーに掲げ、「小さな政府」を目指すべく、民営化、規制緩和、金融改革などを不退転の決意で推し進めていった。

 途中、大量の失業者を生むなど、荒療治な側面もあったが、結果として、外国直接投資や証券投資が急速に増え、経済は回復していった。ただ、公的分野にも市場競争原理を導入し、予算を削った結果、医療や教育分野で問題が生じたため、英国では毀誉褒貶相半ばする宰相だった。

 サッチャーが降りて、同じ保守党のジョン・メイジャーに代わった90年代初頭、英国では、不景気の波がだんだんと大きくなり、不動産市場は大きく落ち込んでいった。ネガティブエクイティと言って、借金の方が不動産市場価値よりも大きくなってしまう現象が起きていた。銀行は差し押さえ物件を売るために、ホテルなどでしょっちゅう差し押さえ物件の競売を開催していた。

 筆者もそれに引き寄せられ、1度参戦したことがある。負けず嫌いの性格がたたり、ついつい競り合ってしまい、高値づかみをしてしまった。勝った時には、力みすぎて思わず立ち上がってしまい、周囲の応札者たちの失笑を買ったのを、今でも覚えている。

不動産市場の活況が続いた

 ところが、ちょうど総選挙でトニー・ブレア率いる労働党がメイジャーに勝った90年代後半から、景気回復や低金利を背景に、不動産市場は回復し、以後、ただひたすら上昇の一途をたどっていった。ブレア前首相は、サッチャー及びメイジャー政権の光と影を冷静に分析したうえで、着実に政策を実行に移していった「優秀な舵取り」として国民に受け入れられたのである。

英国の主な経済指標の推移

 筆者は、約20年前から間近で英国を見てきたが、ちょうどこの頃から、経済がどんどん良くなっていくのが、肌で感じられるほどだった。90年前半までは、街角でよく見かけた若い物乞いたちも、この頃から、あまり見られなくなった。

 直近では、滅多に政策金利を動かさないことで有名なイングランド銀行が、2007年12月、2008年2月と立て続けに利下げに踏み切り、いよいよバブルがはじけるのか、とささやかれているが、米国のサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題が露呈するまでは、とにかく不動産価格が上昇し続けたのである。

 ちなみに、今年2月半ばに英国中堅銀行ノーザン・ロックが、サブプライム問題で経営破綻寸前までいき、政府が国有化による救済を決定したが、これはブラウン首相にとっては、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ、選択だったのではないだろうか。

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