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第18章 省益油田の挫折(5)

2008年3月10日(月)

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 ブラッセルからのフライトが遅れ、亀岡の乗った飛行機がロンドン・ヒースロー空港に到着したのは、夜の11時すぎだった。到着ホールに、英国トミタ通商(Tomita Tsusho UK Ltd.)の運転手が迎えにきていた。

 空港から市内までは、約40分。

 亀岡は、ベンツのリアシートにぐったりと身体を預けた。対抗車線のヘッドライトに照らされる顔に疲労感が滲み、両目の下に黒々とした眼袋ができていた。

 ホテルにチェックインしたとき、時刻は真夜中を回っていた。

 テヘラン事務所長から伝言が入っており、くだんの国会議員とのアポイントはまだ取れておらず、ロンドン時間の明朝に、引き続きコンタクトするということだった。

 部屋は、薄茶色の色彩で統一され、すっきりした高級感のあるインテリア。窓からは、ハイドパークの黒々とした夜景と、市街の西の方面を見下ろすことができた。深夜にもかかわらず、街には白やオレンジ色の灯りが溢れ、車のヘッドライトの白い光と、テールランプの鮮やかな赤い光の帯が縦横に走っていた。

 亀岡は、全身に重くまとわりついた疲労感を感じながら、寝巻きに着替え、ベッドに横になった。

 (明日は、何としてでも議員と会わねば……)

 テヘランからの連絡を待たず、朝、自分で相手の部屋に電話をするつもりだった。

 (それにしても……イランの油田開発に詳しい日本の国会議員というのは、誰なんだ?)

 明日、英国トミタ通商をつうじて、在英日本大使館に問い合わせようと考えた。大使館であれば、国会議員の渡航はすべて把握しているはずだ。

 突然、胸が痛んだ。

 (何だ?)

 次の瞬間、激しい痛みが襲ってきた。

 痛みというより、胸を万力で締め上げられているようで、呼吸ができなくなった。

 咄嗟に異常事態だと悟り、必死でベッドサイドの電話器に手を伸ばし、ハウスキーピング(部屋係)のボタンを押す。

 「ヘ、ヘルプ……!」

 搾り出すようにいうと、受話器を放り出して、ベッドの上に倒れた。

 左手まで痺れてきた。

 ドアがノックされ、合鍵を使って、マネージャーの英国人男性と、部屋係の黒人女性が駆け込んできたとき、亀岡は白髪を振り乱して、ベッドの上でのたうち回っていた。

 亀岡を乗せた救急車は、イーストエンドにある王立ロンドン病院の冠動脈治療部門(The Coronary Care Unit)へと急いだ。ホテルからは、東へ約7キロメートルの場所である。亀岡はそこで、血栓溶解剤という冠動脈内に詰まった血栓を溶かす薬を点滴で投与され、一晩安静にしたあと、別の病院である聖バーソロミューズ病院に移送された。

 聖バーソロミューズ病院(St. Bartholomew’s Hospital)は、1123年に創設された英国最古の病院である。金融街シティの西の端にあり、メリルリンチの近代的なビルと、800年以上も続く食肉市場スミスフィールド・マーケットの間に建っている。

 凝った装飾を施された大きな噴水と、スズカケの木がある縦横約50メートルの中庭を取り囲むように、4~5階建ての煉瓦や石造りの建物が10棟以上ある。中庭に面した4つの建物は、いずれも1700年代の建築だ。それ以外の建物も古く、ガラスを多用したモダンなビルが多いシティの中で、時の流れに取り残されたような一角である。

 翌朝――

 目覚めたとき、亀岡は、カーテンで仕切られたベッドに寝かせられていた。

 頭の上に、電気スタンドの傘があり、右腕に点滴のチューブが付けられていた。ベッド脇に、薬液が入ったビニール袋が2つぶら下がったスタンドが立っていた。

 天井は高く、少し離れた壁に、扇風機が取り付けられていた。

 カーテンの隙間から、くすんだ水色の制服を着た女性看護師たちや、医学生らしい青のつなぎを着た男性が働いているのが見えた。モニタースクリーンの付いたクリーム色の機械や、赤や緑のランプが点灯し、たくさんのコードが出ている腰の高さほどの機械が壁際に置かれ、蛇口の付いた小さな洗面台や、プラスチックのケースに入れられた銀色の器具類、ガーゼや包帯が収められた棚などがあった。

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「第18章 省益油田の挫折(5)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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