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終章 クレムリンの攻撃犬(5)

2008年4月21日(月)

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 数日後――

 出張から戻った金沢は、朝、会社に出勤し、メールをチェックしていた。

 いつものように、一晩の間に、百数十通のメールが入っていた。それらに素早く目をとおして行く。世界中に散らばった組織で動く商社では、メールの返信は、その日のうちにするのが原則だ。CCやBCCのものは、表題だけ見て消去するものも少なくない。

 社員が徐々に出勤してきて、キーボードを叩く音や、電話の声がし始めていた。

 アングロ・ダッチ石油のベテラン社員、イアン・ジョンストンから英文のメールが入っていた。人を食ったような顔をした長身の英国人だ。

 メールは、モスクワに駐在しているアングロ・ダッチ石油のロシアにおける探鉱・開発部門の責任者を務めるオランダ人からのものを転送したものだった。

 表題は「Offer from Gazprom」(ガスプロムからの提案)。

 (お、ついに来たか!)

 オランダ人責任者は、アングロ・ダッチ石油の会長(兼CEO)とともに、ガスプロムを頻繁に訪れ、交渉を重ねている。

 金沢は、緊張してメールを開いた。

 読み進める顔が次第に曇って行く。

 机上の電話が鳴った。

 「金沢さん、ジョンストンのメール見ました?」

 財務部の若手だった。

 「見たよ」

 受話器を耳にあて、冴えない声を出した。

 「信じられないですねえ……」

 相手は、憤懣やるかたない口調。

 「過半数の株式の買い取り価格が、26億ドルで、コスト・オーバーラン(100億ドル)は、全部外国側が負担しろっていうんですから……気が狂ってるんじゃないすか?」

 これまでにスポンサー3社が資本として投入した資金は、約120億ドル。半分なら60億ドルだ。世界的なLNG価格の高騰で、サハリンBは、高収益プロジェクトになっている。仮に、毎年のリターンを25パーセントとし、それを調達資金の金利で現在価値に直すと、約235億ドル。リターンが30パーセントなら、282億ドルになる。まともなM&Aなら、これが譲渡価格だ。

 「適正価格の10分の1じゃないすか」

 「だよなあ……。これがロシア流交渉術なのかねえ?」

 金沢は苦々しげ。

 「こんなの受けたら、背任罪で刑務所行きですよ……まったく!」

 若手は、怒りの持って行き場がないといった口ぶり。

 「ところで金沢さん。もう1つ変な話があるんですけど……」

 「えっ?」

 まだ何かあるのかと、嫌な気分になる。

 「アングロ・ダッチ石油の社内メールが、ダウ・ジョーンズの速報で報道されたんです」

 「ダウ・ジョーンズで? 暴露記事?」

 「サハリンBの油井とガス井のプラントデザインが、島の地層に適してなくて、大規模な環境問題を引き起こす可能性があるというやりとりのメールです」

 「本当!?」

 「ええ。これは……」

 パソコンの画面を見ている気配。「2002年の5月から10月にかけてのメールだそうです。……これ、アングロ・ダッチが、危険を承知で建設を強行したって証拠になりますね」

 「そんなメール……どこから流出したの?」

 驚きで声が上ずっていた。

 「WWF(世界自然保護基金)が、ダウ・ジョーンズに持ち込んだようです」

 「WWFが? しかし……WWFは、どっからそんなもの、手に入れたのかな?」

 「さあ……。ただ、ダウ・ジョーンズがアングロ・ダッチに真偽を確認したら、広報部は、本物とも偽物ともいわなかったそうです。でも、メールをやりとりした1人は、すでに定年退職してて、確かに自分のメールだと認めたそうです」

 「うーん……」

 「記事には、ロシア政府の高官が、油井とガス井の設計をやり直すべきだ、といったって書かれてますね」

 「ほんと? ……まずいなあ」

 「これ、厄介なことになりそうですね」

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「終章 クレムリンの攻撃犬(5)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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