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終章 クレムリンの攻撃犬(6)

2008年4月28日(月)

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 11月下旬――

 五井商事の金沢明彦は、ロンドンのグレインジ・ホルボーン・ホテルの部屋で目覚めた。

 頭が重く、鼻がぐずついていた。モスクワのホテルの部屋が乾燥していたので、寝る時はバスタブに湯を張ったりして気をつけたが、疲れもあって、結局、風邪をひいてしまった。東京に戻ってから、熱を出して3日間寝込み、その後、サハリンBに関する社内の根回しなどで、休む間がなく、いまだに風邪の後遺症に悩まされていた。

 部屋の壁はオフホワイトで統一され、窓には、英国らしい緋色のカーテンがかかっていた。壁に、スコットランドと思しい風景画が2枚かかっている。

 ベッドから抜け出し、向い側の机の上にあるテレビのスイッチを入れた。

「……The former Russian spy who claims he was poisoned has died. Alexander Litvinenko was a fierce critic of Russian President Vladimir Putin……(……毒を盛られたと話していたロシアの元スパイが死亡しました。アレクサンダー・リトビネンコは、ロシア大統領ウラジミール・プーチンに対する厳しい批判者で……)」

 中年女性アナウンサーが、記事を読み上げていた。

(リトビネンコが死んだのか?)

 ベッドの上にすわった金沢は、リモコンで音量を上げた。

「The Klemlin has denied any kind of involvement in the alleged poisoning……(クレムリンは、毒殺に一切関与していないと声明を発表し……)」

 アレクサンダー・リトビネンコ(サンクトペテルブルク鉱山大学学長のウラジミール・ステファノビッチ・リトビネンコとは無関係)は、元FSB(ロシア連邦保安庁)中佐で、6年前に英国に亡命した。1999年に、モスクワなどロシア国内の3都市でアパート連続爆破事件が起き、約300人が死亡した際に、プーチン首相(当時)は、チェチェン武装勢力の犯行を示唆し、第2次チェチェン紛争に突入した。これに対してリトビネンコは、「事件はFSBの仕業」とする著書を刊行、ロシア国内で発禁処分になった。また、先月7日に起きた、ロシア人女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害事件の真相に関する資料も持っていたといわれる。

 リトビネンコは、今月1日に、ロンドンのハイドパーク近くにあるミレニウム・ホテルでKGBの元幹部ら2人のロシア人と会った。その後、イタリア人の防衛コンサルタントとピカデリー・サーカス近くの寿司バー「itsu」で食事をとったあと、突然体調を崩した。17日にロンドン市内の病院に入院し、22日夜に心臓発作を起こし、23日から危篤状態に陥っていた。

 「……So there is clearly a web of both dissidents and possibly agents out there……(したがって、反政府の人々と、ロシアのエージェントと見られる人々の間には、接触のルートが明らかに存在するということになり……)」

 事件現場になった寿司バーの前で、男性キャスターが喋っていた。

 (これは、EBRDの融資に悪影響が出る可能性があるな……)

ここのところ、親欧米政権のグルジアに対するロシアの制裁措置や、アンナ・ポリトコフスカヤ殺害で、ロシアと欧米の関係が冷え込んでいる。

 金沢はテレビのスイッチを切り、顔を洗うために立ち上がった。

 その日の午前中――

 テームズ河畔に聳える地上27階、地下3階の「アングロ・ダッチ・タワー」で、サハリンBの財務委員会が開かれた。

 蛍光灯が明るく点る会議室の窓のブラインドは、半分ほど開けられ、ビルの前に広がる「ジュビリー・ガーデンズ」の緑の芝生で遊んでいる子供たちや、その先のテームズ河畔をジョギングする人々などが見える。

 「……というような状況で、オペレーターシップは引き続きアングロ・ダッチ石油がリテイン(保持)できる見込みですが、株式の譲渡価格と対価の支払い方法、およびコスト・オーバーランを我々3社がどこまで負担するかという問題は、決着までもう少し時間がかかる見込みです」

 矩形(くけい)に配置されたテーブルの一辺にすわったロシア人女性が、ガスプロムとの交渉状況について英語で説明していた。目元がきつい感じの中年女性で、サハリン・リソーシズ社のモスクワ駐在代表を務めている。

 フィリップ・ウォード卿の時代から、アングロ・ダッチ石油会長のロシア語通訳でもある。

 ガスプロムとの交渉は、アングロ・ダッチ石油の会長が、単独で先方のミレル社長に会ったりしながら、続けられていた。

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「終章 クレムリンの攻撃犬(6)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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