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終章 クレムリンの攻撃犬(8)

2008年5月19日(月)

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 同じ頃――

 東京と時差が6時間あるモスクワは、午後の早い時刻だった。

 ロシア大統領官邸は、クレムリンの旧元老院の中に入っている。高い塀を挟んで、赤の広場に面した3階建て、初期ロシア古典様式の建物で、完成は1790年。上空から見ると、二等辺三角形をしており、中庭がある。

 灰青色のドームの上には、ロシアの三色旗が、へんぽんと翻っていた。

 「……アングロ・ダッチも、意外と弱腰だったな」

 スーツ姿のプーチン大統領が、椅子に片方の肘を凭れて、笑った。

 デスクの左手には、為替ディーラーのような、黒い電話のタッチボード。その上の棚に、3つの電話機。背後には、ロシア国旗が飾られている。

 高い天井から、シャンデリアの光が降り注いでいた。

 「こうもあっさり過半数が獲れるとは、思ってなかったな。え、どうだ?」

 プーチンが顎をしゃくる。

 「はい。夏頃までアングロ・ダッチは、ガスプロムなんか適当にあしらっておけといった態度でしたが、環境問題を突きつけられて、慌てふためいたようです」

 ドミトリー・メドベージェフがいった。童顔の41歳で、第1副首相兼ガスプロム会長である。

 「俺も最初は、獲れても精々37.5パーセントだと思ってたよ」

 プーチンがいった。「アングロ・サクソンの連中っていうのは、自分たちが強い立場にある時は、とんでもなく傲慢だが、状況がまずくなると、臆面もなく豹変するな」

 表情に、軽蔑が滲む。

 執務机の前に、会議用のデスクが半島のように張り出し、その周りに、3人の閣僚がすわっていた。メドベージェフの他は、ビクトル・フリステンコ産業エネルギー相、ユーリー・トルトネフ天然資源相の2人だった。

 「だが、まだ手綱は緩めるなよ、いいか?」

 プーチンが、鋭い目つきでいった。

 「もちろんです」

 大柄なトルトネフが頷く。

 「今週、サハリンBでパイプライン敷設を請け負っているサブコンの水利用の免許を一時停止しました」

 天然資源省は、2ヶ月以内に環境問題に対する改善措置が取られなければ、免許を取り消すと通告した。

 「結構だ」

 大統領が頷く。

 「オレグ・ミトボリは、どうしている? 相変わらず、吼えているのか?」

 「吼えております」

 トルトネフがにやりと嗤う。

 「環境破壊の被害額は100億ドルで、米国式で補償を請求すれば300億ドル(約3兆2700億円)になると、ぶち上げております」

 「300億ドルか……あの男らしいな」

 プーチンは笑った。

 「ただ、アングロ・ダッチとの交渉が大詰めに入ってきてるから、そろそろ大騒ぎは止(や)めさせるんだな。……まあ、10月に、奴のオフィスに強制捜査が入ってるから、ミトボリも考えながら物はいうだろうが」

 閣僚たちは、無言で頷いた。3人ともロシアの表の顔を代表する経済テクノクラートで、大統領の陰の手足であるシロビキ(旧KGB・軍出身者)の動きは詳しくない。

 「今後の交渉ですが、来週、3社のトップがモスクワにやって来て、話し合いをする予定になっています」

 メドベージェフがいった。

 「先方は、その時に、最終的な合意をしたいという意向なんですが……」

 「ちょっと待て」

 プーチンが、デスクの上に置いたパソコンのほうを向き、キーボードを叩く。

 「……来週は、都合が悪いな」

 スクリーンのスケジュール表を眺めながらいった。

 「12月21日にしろ」

 「あ……はい」

 メドベージェフは、戸惑ったように返事をした。

 部下の考えを敢えてひっくり返し、自分が真の権力者であることを示すのが、プーチン流だ。テレビ中継されている閣議で、ガスプロムのパイプライン・ルートの変更を突然命じて、メドベージェフの愕然とした顔を全国民に晒したこともある。

 「適当にもったいつけて交渉して、もう1度、3人に12月21日に来させろ。俺が、クレムリンで会って、握手をするから」

 「分かりました」

 メドベージェフは、頷くしかない。

 心の中で、3社の社長がちゃんと再訪してくれるか、多少、不安に思っていた。

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「終章 クレムリンの攻撃犬(8)」の著者

黒木 亮

黒木 亮(くろき・りょう)

作家

1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務して作家に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官