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「恐慌」正面突破~危機の教訓1987

日本は世界を救えるか

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2008年10月24日(金)

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 日経ビジネスは2009年10月に創刊40周年を迎えます。この間、日本経済に深刻な影を落とす経済危機が繰り返し起きました。その都度、1929年「暗黒の木曜日」に端を発する世界恐慌の再来を恐れながらも、危機を乗り越えてきました。2008年秋、世界は同時株安と信用収縮に直面しています。創刊40周年カウントダウン企画として、過去の経済危機を伝えた記事を再録していきます。

第5回

「ブラック・マンデー」で知られる1987年10月の世界的な株価暴落。
日経平均株価もその年の高値から17%あまり下落。
しかし、実体経済に深刻な影響はなく、その後、日経平均は1989年12月の史上最高値まで上昇していく。

* * *

大暴落でみえた米国「借金経営」の破綻

1987年11月9日号より

 ニューヨークに始まった株式相場の連鎖的大暴落がドル不安に波及、双子の赤字を放置した「借金経営」の破綻は誰の目にも明らかになった。金融恐慌を回避するためには逃れられない米国経済の不況突入。そのデフレ効果に世界はおののく。ドル防衛の政策協調を超えた新通貨体制の提言に加え、米国への資金還流、内需拡大の成果を世界に開放する構造調整こそ、日本に求められている役割である。日本は世界を救えるか――。

(永岡 文庸、末村 篤、桜井 幸作、藤田 俊一)

 「株式市場が,各国政府に代行する形で実行した暴力的な調整」――吉冨勝経済企画庁経済研究所長は,ニューヨーク株式相場の大暴落に端を発した世界同時株価暴落の意味をこう解説する。「暴力的調整」が今,何故必要だったのかを理解するには,85年のG5(先進5カ国蔵相会議=プラザ合意)で始まった国際収支の不均衡是正のための永く,熱い闘いの経過を振り返らなければならない。

協調怠れば金融恐慌の道

 レーガノミックスが生んだ異常高金利とドル高による米国の巨大貿易赤字累増の流れを変えること,これがプラザ合意の眼目だった。日本,西独の黒字国の内需拡大で不均衡を是正するという拡大均衡論である。米国は,黒字国を強制的に内需拡大策に追いやるためにドル安を武器に責め立てた。

 しかし,黒字国責任論で押し切ろうとした拡大均衡戦略は,ドル暴落の恐怖が現実のものとなったことで転換を迫られる。87年2月のG7(ルーブル合意)では,赤字国である米国の責任を明確にすることで不均衡の是正と為替の安定の二兎を追う戦略に転じたのだ。黒字国の内需中心の成長政策と同時に,赤字国の節度ある財政運営が謳われ,為替安定のための金融政策の協調が確認された。

 為替安定の目標は達成されるかに見えた。ところが,黒字国でインフレ警戒感が強まり,金融当局は金利の高目誘導に動いた。為替安定の条件は,黒字国から赤字国への資本の還流で,そのためには米国と日本,西独の間の金利差を保つ必要がある。西独の公定歩合引き上げの動きに対するドル安容認のベーカー発言は,ルーブル合意の破棄宣告でもあった。為替がドル安に振れれば米国への資本流入が細り,金利が上昇する。金利の動向に最も敏感なのは株式と債券だが,既に調整済みの債券相場に代わって今回は株式相場が大暴落を演じた。換言すれば為替安定,金利差確保,インフレ抑制というトリプルプレーの継続が困難であることを株式市場が身をもって示したのだ。

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