• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「恐慌」正面突破~危機の教訓2005

キャッシュリッチ企業の研究、あの時のカネが会社を伸ばした(TDK)

  • 日経ビジネス

バックナンバー

2008年11月18日(火)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 日経ビジネスは2009年10月に創刊40周年を迎えます。この間、日本経済に深刻な影を落とす経済危機が繰り返し起きました。その都度、1929年「暗黒の木曜日」に端を発する世界恐慌の再来を恐れながらも、危機を乗り越えてきました。2008年秋、世界は同時株安と信用収縮に直面しています。創刊40周年カウントダウン企画として、過去の経済危機を伝えた記事を再録していきます。

第22回

2008年、金融危機が続く中、企業業績の悪化が顕著になってきた。
しかし、日本企業の体力はここ数年の最高益更新で強くなった。
海外企業の買収で一気に攻める企業も。
事実上、無借金のキャッシュリッチ企業はかつて勝負どころでどう動いたか。

* * *

2001年11月、TDK、社風刷新にも大金が要る

2005年1月24日号より

現金あってこそのさらなる成長――。
成功事例の第2弾は3年前に大赤字、現金取り崩しを体験したTDK。
ITバブル崩壊で表面化した水膨れ体質を、蓄えたキャッシュが変えた。

(宮東 治彦、小平 和良、星 良孝)

 「あんたがあの時語った夢は一体どうなったんだ? 偽りだったのか」

 TDK社長の澤部肇に届いた電子メールにはこうあった。2001年11月、TDKが初めての大リストラを発表した時のことだ。差出人はドイツの社員。彼が勤める工場の閉鎖を知って澤部にメールを送ってきた。

 澤部は1991年から5年、ルクセンブルクに駐在し、記録メディアの欧州事業部長を務めた。そして最初にドイツを訪ねた際、「互いの優れたモノ作り文化を融合させ、すばらしい工場を作りましょう」と呼びかけていた。メールは明らかにそのスピーチを指していた。

 「すまない」

 メールを読んだ澤部は、心の中でそう謝るしかなかった。

 その時、TDKが打ち出したリストラの柱は、世界17工場の閉鎖とグループ社員1万人の削減だった。澤部はこの時、創業以来初めて本格的な人員削減に踏み切った経営者という宿命を背負った。ドイツ人社員が納得できる返事を出せなかった代わりに、澤部は自宅の書斎に2002年3月期の決算書を今も大切に保管している。せめて人員削減の痛みを忘れないように、時々取り出して眺めるためだ。

 TDKはIT(情報技術)バブルの1999年度から2期連続で1000億円近い設備投資に踏み切った。直後にバブルは崩壊し、2002年3月期の営業損益は437億円の赤字に転落した。1961年の上場来初の赤字だった。

 初めての人員削減に初めての赤字転落、澤部の脳裏には「退任」の2文字がよぎった。しかし、澤部は決断する。自分の手でTDKに再び「成長」の2文字を取り戻す、と。構造改革などに必要な資金は約1000億円。小手先の改善ではなく、TDKの社風を抜本的に見直さなければ、アナログ時代の慢心をデジタル時代に適応させることなどできない。その決意は直後から実を結ぶ。業績は翌年から急回復し、2005年3月期には赤字前に匹敵する600億円の営業黒字に戻る見込みだ。

 澤部は言う。「豊富なキャッシュがあったからこそ、甘さがはびこっていた社内の構造改革に手をつけやすかった。手元にあったキャッシュがこれほどありがたいと思ったことはなかった。天の恵みだと思った」。

コメント0

「日経ビジネスが描いた日本経済の40年」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

コメント入力

コメント(0件)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の未来は、男性と同じ程度、女性のリーダーが作っていくものだと確信している。

ビル・エモット 英エコノミスト誌元編集長