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「恐慌」正面突破~危機の教訓1997

ドキュメント拓銀の破綻(2)

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2008年12月2日(火)

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 日経ビジネスは2009年10月に創刊40周年を迎えます。この間、日本経済に深刻な影を落とす経済危機が繰り返し起きました。その都度、1929年「暗黒の木曜日」に端を発する世界恐慌の再来を恐れながらも、危機を乗り越えてきました。2008年秋、世界は同時株安と信用収縮に直面しています。創刊40周年カウントダウン企画として、過去の経済危機を伝えた記事を再録していきます。

第31回

頭取のリーダーシップが発揮されず、経営戦略が行き詰まる。
そこへ信用収縮の嵐が襲う。
起死回生の地方銀行との合併が破談になった背景を探る。

* * *

地元経済をないがしろにした自業自得
道銀との合併破談、意地の泥仕合の末路

1997年12月1日号より

来年春の北海道拓殖銀行と北海道銀行の合併が実現していれば、拓銀は破綻しなかっただろう。破談は拓銀の不良債権問題が原因とされている。ただ、それだけが理由ではない。地元経済をないがしろにしてきた拓銀に対する道銀のアレルギーがあった。

(田村 俊一、小栗 太)

 拓銀が預金払い戻しのための資金繰りに苦しんでいた11月13日、日銀幹部は「結局、道銀の拓銀に対する警戒感を払拭できなかった。たとえ拓銀救済の形になっても、道銀の行員が風下に立つのではないかという不安を持っていることを理解できなかった」と述べた。その4日後の17日、拓銀の経営は破綻、北海道の支店は合併交渉までしていた道銀ではなく、北洋銀行へ営業譲渡された。

 どうして「北洋銀行への譲渡なのか」という記者会見での質問に、河谷禎昌・拓銀頭取は「北洋銀行が積極的という感触を得た」と答えた。合併に向けて何度も会談した藤田恒郎・道銀頭取を忘れたかのような説明。しかも武井正直・北洋銀行頭取に電話で要請したという。大蔵省と日銀は、道銀への営業譲渡を提案しており、藤田・道銀頭取の内諾を得ていた。だが、拓銀は自ら「北洋銀行に」と道銀を外した。

 「敵の敵は味方ということか」と大蔵省銀行局幹部は納得した。道銀と北洋銀行は道内の中堅・中小企業融資でのライバル。河谷・拓銀頭取は北洋銀行が譲渡を受けると読んでいたようだ。でなければ、電話1本の要請で済ますはずはない。

 面倒を見てくれなかった親族へ遺産を渡さないという遺言状にも似た拓銀の道銀へのしこりは、合併話を破談にしたことへの恨みといえるが、道銀にも拓銀救済をすんなりと受けられない事情があった。

北海道と本州の2極構造

 「拓銀と道銀が合併へ――」というニュースが北海道内を駆け巡った今年4月1日の夜、札幌銀行監査役の高木幸雄氏は「全く信じられない合併話だ」と首をひねった。

 巨大な地元金融機関の誕生は札幌銀行の脅威になるはずだが、高木氏は拓銀に対する道銀の激しい反感を知っていただけに、どうやって道銀の行内を説得するのだろうと思った。

 また大蔵省銀行局も混迷していた。2つの「情報」が錯綜していたからである。1つは北海道財務局からのもので、内容は「合併は大丈夫」という判断。ところが、札幌国税局からの情報は「この合併は困難」というものだった。拓銀の経営不安を鎮静化するしかない大蔵省は合併を期待するしかなかった。

 合併実現の難関は、拓銀の不良債権が大きいことにあった。ただ、藤田・道銀頭取にとって、拓銀が本州部分の営業を捨てることを決断できるかということの方が大きな問題だったとみられる。

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