ニューヨーク本社でのインタビューに現れたジェイミー・ダイモン氏は、とても米大手金融機関のCEO(最高経営責任者)には見えない。背広を脱いでにこやかにソファに腰掛けた姿は、ビジネススクールを卒業したばかりの青年のようだ。
ところが、いざインタビューが始まると、そんな雰囲気は吹き飛んだ。まるで目の前に財務資料が置いてあるかのように、同氏は細かな数字をスラスラとそらんじながら、マシンガンのように早口でまくしたてた。そして自信たっぷりに「あらゆる分野に強い金融機関を作る」と宣言した。
これは1996年秋の取材時の話だ。ダイモン氏が大手証券会社スミス・バーニー(当時)のCEOに就任した直後であり、若干40歳だった。当時から「ウォール街のゴールデンボーイ(寵児)」と呼ばれ、将来を期待されていた。
金融王ジョン・ピアポント・モルガンの再来
13年後の今、米国は未曾有の金融危機に直面している。その中で、ダイモン氏について「金融王ジョン・ピアポント・モルガンの再来」との見方も出ている。同氏は大手銀行JPモルガン・チェースのCEOであり、JPモルガンは金融王モルガンが築いた有力財閥モルガン商会の流れをくんでいるのだ。
2007年にサブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)問題が表面化して以降、シティグループやバンク・オブ・アメリカなどの米大手銀行が国有化されかねないほどの窮地に陥っている。例外的に気を吐いているのがJPモルガンだ。
他行が軒並み赤字に転落する中で、JPモルガンは一貫して黒字基調を維持。2月26日に声明を出し、「第1四半期(1〜3月)にも確実に利益を上げている」と強調している。株式時価総額は米銀最大の800億ドル前後だ。
黒字維持に加えて、JPモルガンは「ウォール街の救世主」の役割も演じている。昨年には、経営危機に陥った大手投資銀行ベアー・スターンズと貯蓄貸付組合(S&L)最大手ワシントン・ミューチュアルを買収している。
およそ1世紀前の1907年。米国で深刻な金融危機が発生し、銀行で取りつけ騒ぎが起きた。当時、米国には中央銀行が存在しなかったことから、底なしの危機に発展しかねなかった。その際、モルガン商会は事実上の中央銀行の役割を担い、危機を収拾した。ダイモン氏が「金融王モルガンの再来」と言われるゆえんである。
大組織になると、15分で済むはずの会議に4時間もかける
経営者としてダイモン氏が優れている点はどこなのか。1つ挙げるとすれば、コスト管理の手腕だろう。冒頭に紹介したインタビューで、ダイモン氏は次のように語っている。
「コストは放っておけば肥大化するだけ。常に無駄をなくすよう努力しなければならない。大組織になると、社内の書類めくりだけで多大なエネルギーを使うし、15分で済むはずの会議に4時間もかける」
ダイモン氏が筆者に語ったところでは、旧スミス・バーニーのCEOに就任した直後、自分の執務室に3台の電話機が置いてあるのを見て、「こんな無駄はやめよう。1台へ減らしてくれ」と直ちに命じた。一部報道によれば、2004年にJPモルガンの社長になると、モルガン商会ゆかりのマホガニー製の机など一部を除き、社内の美術品・骨董品のうち2万点の売却に踏み切った。
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1983年、慶応義塾大学経済学部卒業、1988年、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール卒業(修士号)。日本経済新聞社でニューヨーク駐在や編集委員を歴任し、2007年6月に独立。現在はロサンゼルス近郊のクレアモントを拠点に活動。著書に『

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