目立つピンストライプ地のスーツに、原色のネクタイ。弁護士・久保利 英明の風貌は、それとなく威圧感を醸し出す。株主総会で特殊株主と渡り合ってきた経歴を聞けば、それも納得する。その久保利がトレードマークのど派手なスーツを脱ぎ、和装で我々の前に登場した。果たして、その真意は。

高校、大学時代にアフリカ解放運動に肩入れをしていた久保利は、1968年に東京大学を卒業後、すぐに司法修習生とならず、解放闘争支援を兼ねてアフリカに渡った。大学を出たての若造が、いきなり弁護士になってもろくな仕事はできない、と思ったからだ。
シベリアから欧州を経由してアフリカに渡る。暗黒と呼ばれた大陸をあちこち回った後、船でパキスタンに入りインドで1カ月過ごす。そして香港を経て帰国した。半年ほどの世界放浪の旅だった。その途中、アフリカやインドで死を覚悟したことは、一度や二度ではなかった。この自分探しの旅は、その後の弁護士活動の原体験となった。
久保利は企業法務を専門とする弁護士として、株主総会対策で特殊株主に対して、断固たる姿勢で臨むことを企業に訴え、自身もその前面に立ってきた。物怖じせず正論を貫いてきたのは、若い時に異国の地で死の恐怖を経験したことが大きい。その時の経験に比べれば、今の状況は大したことでもないと思えた。また日本に対する思いも強まった。
弁護士になってからも久保利の海外渡航熱は冷めることなく、これまで仕事や旅行で訪れた国は130カ国に上る。多くの国を見てきたからこそ、日本の豊かさ、そして愚かさを人一倍感じる。
久保利は今、専門の企業法務という枠を飛び出し、日本そのものを語り始める。愛するが故に厳しい言葉になるのはご容赦を。初回のテーマは危機感なき政治。
西松建設1820を舞台にした迂回献金疑惑事件を見て、改めて感じるのは、「日本の政治家もずいぶん小粒になったものだ」ということだね。
この事件で小沢(一郎・民主党代表)の去就が、騒がれてきた。しかし、まだ秘書が逮捕、起訴されたとはいえ、有罪にもなっていない。そんな時点で、かつては角栄の秘蔵っ子として権勢を誇ったキングメーカーが、今は「辞める」「辞めない」と右往左往している。
世間、もしかしたらマスコミだけかもしれないが、あの東京地検特捜部がついに乗り出したのだから、「ヤツはクロ」と見ているのだろう。しかし、小沢という政治家をよく研究していれば、迂回献金で簡単に足がつくようなヘマをしでかす男でないことは、十分に分かるはず。
政党支部への企業献金がないのはなぜなのか
その点で特捜部も、そしてマスコミもまだ甘い。迂回献金を贈収賄の突破口にするなら、例えば政治団体経由よりも、小沢の息がかかった政党支部に西松名義の献金がないことに、不自然な点がないのか、もっと追及してしかるべきだ。
正々堂々、企業献金ができる道を使わず、企業の名前があからさまにならない政治団体を経由する理由はどうしてなのか。議員や関連する政治団体に対する企業献金は禁止されているが、政党支部に対しては問題ない。
仮に西松が東北地方で工事の受注で小沢に便宜を図ってもらいたければ、民主党の岩手県の総支部に直接献金すれば、形式的にはカネの出し方で問題視されることはない。
とは言っても、合法である政党支部への企業献金の実態はその支部を牛耳る議員に対する献金であることは、周知の事実。西松が民主党岩手県総支部に献金すれば、出したカネの行き着く先を想像することは難くない。
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弁護士、日比谷パーク法律事務所代表。1944年8月29日生まれ、64歳。東京大学法学部在学中の67年に司法試験合格。68年に東大卒業後、欧州、アフリカ、アジアへ放浪に出る。帰国後69年に司法修習所に入所。71年に弁護士登録。専門分野はコーポレートガバナンス(企業統治)、コンプライアンス(法令順守)、株主総会運営など。 著書に『

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