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死ぬと決めた以上、論ずるには及ばぬ

  • 茶屋 二郎

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2009年5月1日(金)

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 二 仕官

 文久三年の春空はどこまでも抜けるように青い。栄一の気持ちは天にも昇る竜の気分であった。もはや農民渋沢栄一でなく父から譲られた鎌倉時代の銘刀月山を差す一端(いっぱし)の侍に成り代わっていた。供には従兄弟で幼馴染の喜作が付き従う。喜作の家は渋沢一族からは新屋敷と呼ばれていて、父市郎の兄文左衛門の息子だった。

「喜作、江戸へ着いたらお玉ヶ池の千葉道場と海保塾へ連れていくぞ」
「栄一、おれは学門よりも剣で生きたい。千葉道場だけで十分だんべい」
「そんでも生麦事件のように一人や二人の夷人を斬った所で何も変わらんだ。この際、天下の耳目を驚かすような大騒動を起こさなければだめだ」
「栄一、それは何だべ」
「江戸でまず五十名ほど攘夷の同志を集める。そんで横浜の外国人居留地を焼き討ちして、片っ端から夷人を斬り殺すだ」
「そりゃ、すごいな。でもどうやってあっちこっちにある江戸の番所を通るだ」

 二歳年上の喜作は冷静だった。栄一はしたり顔で、

「まず武具を買ってから同志を血洗島村に集める。そこから最初に高崎の城を乗っ取る」
「え、高崎城を盗(と)る・・・」
「そうすれば高崎から鎌倉街道を通って横浜へ抜けられるだ。警備も手薄だし」
「なるほど、栄一、そんなら役人に気づかれないで済むな」

 二人は絵空事(えそらごと)を勝手に描いて興奮していた。

 江戸へ着くなり栄一は神田にある馴染みの武具問屋へ飛び込んだ。懐(ふところ)には藍葉の買い入れ代金から拝借した三百両の金があった。

「おやじ、刀剣と着込み、それに高提灯を用意してくれ」
「渋沢さんか、何人分を」
「二百だ」
「えっ・・・先ず二階へどうぞ」

 主人の梅田慎之介はすぐに栄一の魂胆を見抜いた。

「ここなら人に聞かれませぬ。手前も今様天野屋利兵衛(いまようあまのやりへい)でございます。渋沢様のためなら何なりと仰せのようにいたしましょう」

「有難い。武州から植木屋の紋次郎という男がここへくる。その材木と一緒に武具を積んで利根川を上ってくれ。中瀬村で陸揚げして、そこから手墓村まで運ぶ」
「それはいい考えでございます。十日もあれば用意しておきましょう」

 栄一は考えていた。順道(じゅんどう)ではこの徳川幕府の階級制度を変えることは容易にできない。しかし逆道であるが、大騒動を起こせば世の中が混乱して英雄、忠臣が現れてくれて幕府も転覆するだろう。その為ならば一身を犠牲にしても厭わなかった。しかし百姓の分際で武器を購入して密かに同志を募ることが見つかれば一族郎党が獄門、磔になる不安は内心拭えなかった。

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