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御召抱え願いたい

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2009年5月2日(土)

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 岡部の代官所を何事もなく通り過ぎてから栄一が喜作に語りかけた。もし問いかけられたらお伊勢参りと言い繕うつもりだった。

「京都へ上りたいが道中不安だ。まず江戸の一橋家に頼ろう。この前会った平岡さんなら家来の名前を使わしてくれるかもしれない」
「それはおれも賛成だ」

 江戸に着くなり、二人は急いで根岸にある平岡家の門を叩いた。高島田に結った品のある奥方が出てきて丁重に応対してくれた。

「主人は京都に出かけてしまい不在ですが、渋沢様が見えたらこの通行手形をお渡しして、京都にお上り頂きたいと申しておりました」

 栄一と喜作は平岡の思いやりを聞いて舞い上がった。これで大手を振って一橋家の家臣の名目で京都まで行くことができる。

渋沢喜作(成一郎)
画像のクリックで拡大表示

「喜作、今日はめでたい日だ。前景気に芳原へ繰り出そう」

 父市郎は栄一を勘当しながらも百両の金を旅立つ前にそっと渡してくれていた。これまで遊興に大金を使うことはなかったが、家を捨てた気楽さと通行手形が栄一の気を大きくさせていた。

 芳原で四、五日の間、面白く遊んでいる内に二十四、五両の金があっという間に費えた。

 二人の懐が寒くなってから正月までには京都へ行こうということを決めて東海道を初めて上った。道中尊皇家である渋沢一族が伊勢神廟にも寄らずに通り過ぎるわけにもいかないと思って伊勢に参宮した。

 ようやく見ず知らずの京都に着いてからは加茂川沿いの三条小橋脇の茶久という三食付の上等の旅籠(はたご)に逗留することにした。下女たちが話す甘い京都弁は二人を殿様の気分にさせてくれていた。

 翌日二人は早速二条城近くの一橋慶喜が滞在していると聞いた御旅館に向かった。そこには用人の平岡円四郎もいるはずであった。道すがら青い羽織を着た如何にも剣の立ちそうな眼光鋭い数人の侍が通り過ぎた。

「喜作、あいつらは何者だ」

「将軍家茂公の護衛に雇われて武州の多摩郡(たまごおり)から上洛してきたらしい。新撰組とかいうそうだ」

 栄一は初めて武者震いを感じていた。何度も話に聞いていた攘夷と佐幕の真剣勝負が目の前にあった。運よく御旅館に平岡円四郎はいてくれた。

「よう来たな。一橋家に奉公する気になったか」

 平岡は二人を優しく歓待した。

「いえ、暫くは京都に滞在して、全国の名高い慷慨家(こうがいか)らと面識を持つつもりでおります」
「それも勉強になるだろう。しかし会津藩が召抱えた新撰組には注意するがよい。なにせ人殺しの集団だからな」

 平岡は栄一の腹の内を見抜くように諭した。

 帰り道、栄一は喜作に相談をもちかけた。

「この秋までに幕府が攘夷鎖港を実行しなければ薩長も一騒動起こすに違いない。それまでに長七郎さんを京都に呼ぼう」

 半年前には薩摩藩が鹿児島で欧米の戦艦を相手に砲撃をおこなって攘夷の実力行使をしていた。近頃では尊攘派の志士が但馬で代官所を襲って占領したとも聞いていた。義挙を起こす日が近いことを感じて、二人は残り少ない人生を楽しむことにした。

「喜作、今のうちにお茶屋へ行ってみよう。まだ二十五両の切り餅が一本は残っている」
「芳原とは違うんだろうな」

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