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斬ってきたらこちらも相手になるまで

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2009年5月15日(金)

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 第二回目の長州征伐が始まろうとしていた。集められた農民たちは幕府洋式の歩兵として訓練が開始された。その軍装には袂(たもと)のない筒袖と膝から下が細くなっている「ズボン」という袴を着用させた。歩兵組の士官になった喜作は金線の入った陣笠をかぶり「マンテル」という外套を着て農民兵の前を得意気に闊歩していた。

 栄一は帰洛後、領内の経済について気づいたことを纏めて一橋公に建議した。それらは年貢米の売り方、播州木綿の売買、備中の硝石製造の三カ条であった。黒川はその建議書を見ると目を丸くして驚いた。

 「その方がこれほど商売に詳しいとは思いもよらなんだ。すぐに勘定組に入るがよい」

 栄一にとっては領内巡回中に思いついた商売の方法でさほど難しい話ではなかった。勘定組に配属された栄一が直接検査したところ領内の米はやはり十分な良米であった。良米は大阪の米問屋に売るより酒の蔵元の元米として売った方が高く売れることを経験として知っていた。実際灘の酒造家に一石につき半両も高く売れた。

 次に播州で取れる木綿反物をまとめて買い上げるために藩札を発行してもらった。木綿を製造した農民たちは手間が省けるこの仕組みに喜んで応じてくれ、買った反物は一括して大阪の会所へ正金で売ることにした。わずかの間に大阪の出張所には相当の正金が残ることになり、それをまた大阪の金主に預けて運用することにしたので一橋家の財政には随分と貢献することになった。もちろん藩札は申し出に応じて、すぐに正金に換金できるようにしたので農民からの不平はなかった。しかし硝石の製造は栄一の知識不足もあって顕著な成績を挙げることはできなかった。

 その年の秋、栄一は勘定組頭(くみがしら)を命じられた。同時に二十五石七人扶持、月額手当二十一両に昇給した。若干二十六歳にして勘定奉行に次ぐ要職に抜擢されたことは光栄ではあったが、一橋家の勘定所には百人以上の人数が詰めており、その財政改革は考えたほど安易ではなかった。

 栄一が融通の利かない御金(おかね)奉行や御蔵(おくら)奉行への対応を考えているところに喜作が顔を見せた。

「栄一、難しい顔をしているな。少し相談があるだ」
「なんだ、喜作」
「よく考えてみるとやっぱりおかしくないか。
いつの間にか一橋の殿様はしっちゃきになって長州征伐に眼(まなこ)を吊り上げている。俺たちは徳川を倒すために京都に来ただ。このままではあべこべぞ」
「うむ、同じことを乃公も最近考えていた。御前を押立てて行きさえすれば幕府を倒すことができると考えていたが、どうも当てが外れたらしい」

 栄一も嬉しくはなかった。このままでは幕臣として長州や土州の尊皇攘夷派に弓を引くことになる。平重盛の「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」の心境であった。

千代に送った懐刀 (写真提供:渋沢史料館
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 祇園祭りが始まる頃、長州藩がまた朝廷に背いて禁裏に発砲した。これを契機に第二次長州征伐の命令が一橋慶喜に下った。栄一にも御用人手付(ごようにんでづけ)の辞令が出て戦場へ向かうこととなった。

 今さら武士たる者が背中を見せるわけにはいかないと故郷の妻千代には別れの手紙と形見の懐剣(ふところがたな)を送り馬前で一命を捨てる覚悟をした。しかし意気に反して徳川将軍家茂(いえもち)が大阪城で急逝したため長州征伐は突然沙汰止みになってしまった。

 喜作が栄一にまた愚痴を言い始めた。

「将軍が亡くなられたので、次に慶喜公が新将軍に成られるというもっぱらの噂だ」
「喜作、何としても御前が将軍にお就きになることだけは反対しなければならない。さもなければ吾らは完全な幕臣になってしまい逃げられなくなる。拝謁して意見を申し上げよう」

 黒川に代わって新しく筆頭用人に昇進した原市之進を通じて建白書を差し出したが、

「渋沢、その方には陸軍奉行支配調役(しはいしらべやく)を新たに命じる」

 栄一は自分が全く望まなかった徳川家の旗本直臣に取り立てられてしまったことを知った。

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