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2009年5月22日(金)

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 巴里万国博覧会が四月一日から始まった。期間は半年間である。会場はセイネ河辺の周囲一里もある調兵場の跡であった。木戸銭の一フランを支払って中に入ると中心には巨大な屋根のある楕円の建物がそびえていた。

 そこから徘徊遊覧できるように通路が四方の門に通じていた。さすがにフランスは主催国だけに陳列物の規模は最大で会場の半分を占めていた。西洋各国のいずれの陳列物にも使節団全員から感嘆の声が挙がった。英国館では蒸気機関で以って上に押し上げる台に乗ると、屋上からは会場が一望できた。アメリカが出品した耕作機械や紡績機械は日本でもすぐに役立つと栄一には思えた。

パリ万国博覧会会場
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 ある所に黒山の人影が群がって取り囲んでいる。それは幕府の日本館であった。松の薄板を竹に取り付けて屋根に藁を葺いた六畳一間の粗末な茶店だったが、中で何が起きているかよくわからなかった。

「杉浦さん、座敷に誰かいるのですか」
「ああ、江戸から連れてきた柳橋のお寿美たちに茶を点(た)てさせている」

 杉浦は得意然とした顔で答えた。近づくと三人の芸者が煙管(きせる)で客に煙草を吸わせたり、茶や味醂(みりん)を飲ましていた。杉浦とは以前から馴染みの芸者のようであった。しかし見物客にとって初めて見る着物姿の芸者が繰り広げる動作は蒸気機関以上の興味の対象物であった。イギリス人であるシイボルトが皮肉ぽく通訳した。

「フランス人は日本の女には瘤(こぶ)があるといってます」

 それが着物の帯を意味しているとわかるまで栄一にはかなりの時間を要した。日本の出品物は日本画、和紙、漆器、陶器、工芸品などであるが、あらためて胸に開いた大きな空洞を感じていた。紙と木の調度品が如何に巧みでも巨大な大砲や蒸気車に敵うはずのない屈辱感であった。

 栄一は妻宛の手紙を急遽日本に帰ることになった田辺太一に託した。国からの便りはまだなかった。

「お千代どのへ
 歌子のことずいぶん大切にしてなるべく候
 手計村の母上兄様にもよろしくお伝えなるべく両親への孝養はひとへにお頼み申し上げ候」

 遙か遠い異国に来てしまって残した家族の面倒は千代に頼むとしか書きようがなかった。

田辺太一
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「田辺さん、厄介でしょうが、この手紙を妻に届けるよう御願いします」
「相承知した。渋沢、フランスはどうも苦手だから俺は一足先に帰るが、昭武公の御世話はよろしく頼むぞ」

 巴里万博で薩摩藩の専横を許した廉で帰国を命じられた外国奉行組頭の田辺は逆に快活な顔で引き受けた。

 巴里での団員の生活は「忙しい」の一語に尽きた。全員が何を見るのも初めてづくしでノオトルダムやパンテオンの寺、ホワテブコンの宮殿、シャンセリセイ博物堂、病院、下水道などを見学し、植物園、禽獣園では世界中の奇木、珍獣を見ることができた。夜は舞踏会やオペラという五六十人の舞妓による歌謡と舞踊を大劇場で観たりした。

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中村 克己 元ルノー副社長、前カルソニックカンセイ会長