「医療」ほど、今回の経済危機によってステータスが変化した産業も少ない。経済危機が発生するまでは、はっきり言って「医療」は日本経済の「お荷物」という認識が一般的だった。人口の高齢化に伴う医療費の急増が日本経済への負担になるという危機感から、政府が「後期高齢者」を対象とした無理な医療改革を導入したことにも、その認識が明瞭に表れている。
経済危機前までは、日本が自動車の輸出などで稼ぐ虎の子の現金が、医療費に消えていくのを抑制するべきだという認識が政府の側に強く、国民の側からのそれに対する反発もなかったのである。
にわかに脚光を浴びる医療
ところが経済危機が全世界的規模になり、その影響から日本の自動車の輸出が激減するとともに、「医療」のステータスが変わる。まず、日本は輸出に依存しない「内需型経済」に転換すべきだという議論が起こる。では、一体、「内需型経済」とは何なのか。どのような産業を伸ばせばよいのか、という点に話が進んで、俄然、「医療」に脚光が集まったのである。
3月の「経済危機克服のための『有識者会合』」で、ロバート・フェルドマン氏は「医療への需要喚起」を提言している。少し長い引用になるが、次の文章は、「医療を日本のリーディング産業にする」という思想をより一層、明確に主張したものだ。
「グローバル・インバランスが持続不可能なレベルに達し、是正が不可避になった今、米国の経常赤字はいや応なしに縮小に向かわざるをえない。これは他方で、日本や中国、産油国などの国々の経常黒字も減少せざるをえないことを意味する。つまり、これまで日本がとってきた、北米市場に過度に依存した輸出主導の経済発展パターンは、崩壊するしかないということである。
ところが、日本は前川リポートなどで1980年代から内需拡大の必要性が唱えられてきたにもかかわらず、産業構造の転換をまるで進めてこなかった。金融危機でもない日本が、輸出産業の急減速によって突如として深刻な経済危機に落ち込んだ原因もここにある。30年もの間、産業構造の改革を何ら進めてこなかったツケが、一挙に顕在化したのだ。(中略)
問題の内需を拡大するにはどうすればいいのか。周知のように日本の国内市場は人口減で縮小する方向にある。こうした状況下で、内需を拡大することなど本当に可能なのか、という疑問も確かにあるだろう。しかし、医療や介護には、可能性があると思う。というのは、医療や介護は供給不足の状況にあるからだ。医療設備や医師の不足が社会問題になっているくらいだから、潜在的な需要は間違いなく大きい。
(中略)もう少し市場メカニズムを取り入れて、病院が現実の需要に即した形で設備投資できるように環境を整えれば、医療サービスがもっと豊富に提供されるようになり、新たな需要も喚起されるはずだ。これは介護も同じである。要するに、需要喚起型の構造改革を、日本はいろいろな側面で進めていく価値が大いにある」(池尾和人「週刊東洋経済」2009.2.14)
この議論に対して、筆者は2つの点で異論がある。第1は、前川リポートの「内需拡大型の構造改革」について、この論者が根本的な誤解をしていることである。前川リポートの問題意識は、「日本の貿易収支の黒字を輸入の拡大を通じて減らす」ことにあった。つまり、日本経済全体が自動車の輸出に依存している事実を問題にしていたのではなく、自動車輸出は今後とも重要だが、さらに海外からの製品輸入が増えるように市場を開放するべきだというのが基本思想だった。
それ故現在のように、自動車の輸出減少が日本経済に打撃を与えている事態は、たとえ前川リポートの「構造改革」が完遂されていても防げなかったはずだ。そもそも、構造改革をしなかったために、トヨタ自動車が世界ナンバーワンの自動車メーカーに躍り出るなどといったことがあるわけはない。それくらいなら構造改革などしない方がいいではないか。
あまりに寂しい状況に置かれた医療の現状
しかし、この議論についての筆者の、第2のより大きな異論は、日本経済を自動車の代わりに、医療や介護で成り立たせていくという発想そのものに対するものだ。次のような思考実験をしていただきたい。
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1956年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部教授。81年同大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。89年米国ロチェスター大学経済学博士号取得。主な著書に『







