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それがいい。彰義隊に決めよう

  • 茶屋 二郎

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2009年5月23日(土)

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四 江戸表

 神田お玉ヶ池の近くにくると剣術の稽古の声が聞こえてくる。すらりとした長身の尾高平九郎は目を池の先に向けた。渋沢栄一の舎弟として届けた中の家の見立て養子が決定し、平九郎は士分に取り立てられて郷里を除籍した。栄一に代って俸給と御扶持米を江戸の蔵前で受け取るために手計村から母のやへと一緒に上ってきた途中である。

「母さん、あの先が千葉道場のようですので、伝蔵さんの家はこの近くですよ」
「江戸は十月だっていうのに暑ったけいな」

渋沢平九郎
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 やへが曲がった腰を伸ばした。一町ほど先に仏蘭西式服に身を包みサーベルを下げて皮靴をはいて立っている男が見えた。やへの甥に当たる須永伝蔵はすでに自宅の前で待っていてくれた。

「やへさん、平九郎さん、ようお出でになりました」

 栄一や喜作と同じように侍に憧れた伝蔵は上州から出てきて今は幕府歩兵として三番町の屯所に勤務する身分になっていた。伝蔵の珍奇な格好に先ずやへが嘆いた。

「伝蔵も紅毛(あかげ)かぶれしたか」

 奥座敷に入って茶を飲んで一段落したところで伝蔵が江戸の近況を話し始めた。

「長七郎さんの出牢嘆願書は改めて出しておきましただ。本来ならもうとっくに出てもいい頃だが、榛沢七郎とかいう偽名がどうもまずかったようで」
「面倒かけるな、伝蔵。平九郎と一緒に江戸で長七郎に会える日を待つことにしたでよろしくな」

 牢獄につながれている次男長七郎への悲しみがやへの長い溜息を誘った。

「公方様が何でも大政奉還とかいって天子様に将軍職をお返ししたとか、江戸ではもっぱらの噂で」
「公方様は、はぁ三年近くも江戸にはおられんだべぇ。おかしかんべぇ」
「いかにも、そのせいで薩長のごろつき侍がでけい顔をしてこのお江戸を歩くようになっただ。早く追い出さねばならねいだ」

 大政奉還に反対する忠実な幕臣伝蔵は日頃の鬱憤を晴らすためか興奮して話を始めた。剣術に専心していた平九郎には大政奉還の意味はよくわからなかったので、兄の新五郎に会った時に聞いてみようと思った。

 運良く義父栄一のお蔭で百両以上の月棒が支給されることになった平九郎は翌日から伊庭八郎道場に通いながら母と住む家を探し始めた。十一月になって近くの神田本銀町に六畳二間の一軒家が見つかり引っ越すことにした。兄長七郎が収監されている郡代屋敷がすぐ近くであったからである。

 神田川が隅田川に合流するたもとの柳橋を渡り浅草御門を越すと土手の下の広い湿地に関八州の民政や訴訟を扱う江戸の郡代屋敷があった。広さは二千坪を超しており周囲には一丈の練塀の上に忍び返しが張り巡らされている。平九郎は伝蔵に案内されて母が縫った着物を持って郡代屋敷を訪れた。栄一が将軍の直臣となり仏蘭西へ行く身分に出世しただけに代官たちは養子である平九郎には親切であった。

 牢番に金を掴ませてから案内された牢内は暗く糞尿の悪臭が鼻をついた。格子戸の向こうから懐かしい声が聞こえきた。

「平九郎か、暫く見ぬ内に立派になったな」
「兄さん、これ母さんからの差し入れの着物だ」

 目が慣れてからやつれた幽霊のような兄の姿を見ると胸が熱くなって何もそれ以上言えなくなった。

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