• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

万策尽きた日本はこうして浮上した

島根県知事 溝口善兵衛氏と国際金融と地方経済について議論する(上)

  • 竹森 俊平

バックナンバー

2009年6月3日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

 今回の経済危機がどのような形で終わりを告げるか、現状ではそのシナリオはまだはっきりとは見えてこない。しかし、わが国が「失われた10年」とついに決別を告げた2002年、2003年頃の状況がその点で参考になることは間違いない。やはり、景気回復には需要の盛り上がりが必要なのである。ただし、あの時の場合の需要の盛り上がりは、「外需」という形を取った。2001年以降に、アメリカの政府と連銀が取った景気刺激策が未曽有の消費の拡大を生み、それが日本への輸出需要につながったのである。

 当時の景気回復は「アメリカ頼み」と言ってもいいものだが、日本側でも効果的な景気刺激策がなされなかったわけではない。「構造改革」を旗印にする小泉純一郎内閣は公共事業への依存は避けた。その代わりに景気刺激策の柱となったのが、1年間に30兆円という史上空前の規模の為替介入だった。

2003年の為替介入で日本は浮上した

 日銀が同時期に実施した「量的緩和」の金融政策は、少なくとも結果的にはこの為替介入をサポートする役割を果たす。ともかく、これらの様々な要因が重なり、日本は2003年に10年以上にわたる経済停滞を逃れることができたのである。

 今回の経済危機が起こってから、当時の為替政策に対する批判論が生まれている。為替介入によって日本経済が過度に輸出に依存するようになったために、輸出の落ち込みによって現在の経済に対する甚大な衝撃が生まれているのだというのである。

 筆者はこれは全くバカげた議論だと考える。1年足らずの為替介入によって「輸出依存型経済構造」などが生まれるわけはない。輸出依存型経済構造は、戦後の日本経済の発展経路の延長線上にあるものだ。リカード以来の国際貿易の理論と照らしても、それは何のおかしいところもない。例えばドイツは過去30年以上、為替介入など行っていないが、それでも経済の輸出依存度は日本以上であり、現に今回深刻な経済危機の打撃を被っている。

 2003年の為替介入について真に重要なのは、あの政策のおかげで景気の腰を折らずに済み、日本経済が浮上を遂げたという点だ。つまり、短期的な政策として抜群の効果があったのである。その政策を立案し、実行したのは当時財務官であった溝口善兵衛氏である。

 かつて1990年代半ばに為替介入を実施した榊原英資氏は、「ミスター円」の異名を取ったが、史上空前のドル買いをしたことから、溝口氏にも「ミスタードル」の異名がついたことがある。「才気煥発」という言葉を絵に描いたような榊原氏と比べて、溝口氏は物静かな、仕事一徹という感じのお人柄である。しかし、日本経済にとっての勝負どころで第一線に立ち、国際金融の舞台で活躍されたことには変わりない。

 財務官を辞められた後、溝口氏は島根県知事になられて現在は地方行政に関わられている。現在の経済危機が、2003年当時のアメリカの経済政策と強い関わりを持つものである以上、当時、国際金融の現場に立たれた元財務官の証言は貴重であろう。また、現在の経済危機が地方にも深刻な影響を持つものである以上、県知事としての証言も貴重である。そこで今回は国際金融と地方財政という2部に分けて、対談を進めることにした。

(写真:宮嶋康彦、以下同)

溝口善兵衛
(みぞぐち・ぜんべえ)

1946年生まれ。島根県知事。68年4月大蔵省入省。96年同主計局次長、97年同大臣官房総務審議官、98年同大臣官房長、99年同国際局長、2003年財務省財務官、2004年国際金融情報センター理事長。2007年から現職。


竹森 私は今回の経済危機は、1997年のアジア通貨危機以降の世界経済の動きの延長上にあると見ています。人によっては、85年のプラザ合意からの流れの延長線上というでしょう。溝口さんは今回の危機をどのようにご覧になっていますか。おそらく、「ああ、やっぱり来たな」という感慨を持たれているのではないでしょうか。

溝口 今回の世界的な危機は、これまでになかった形態のものだと考えています。97年のアジア通貨危機は、タイ、インドネシア、韓国などのアジア諸国に起こった危機でした。急成長したアジアの国々の景気の行き過ぎから生じた流動性危機です。また、プラザ合意は、アメリカの日欧に対する競争力が低下し始めて、相対的に高くなり過ぎたドルの調整をしなければならなくなった時に、アメリカと日欧の関係の中で行われたものです。

コメント3

「経済危機は9つの顔を持つ」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

人々が働きたいという会社になるには 「働きやすさ」と「働きがい」、この2つが必要だ。

川野 幸夫 ヤオコー会長