「経済危機は9つの顔を持つ」

究極のロビイスト“ゴールドマン”の罪

神谷秀樹氏と「強欲」資本主義の終焉と金融の「質」について議論する(上)

バックナンバー

2009年6月10日(水)

1/7ページ

印刷ページ

 今回は激論である。予想通りにと言ってもいいかもしれない。実は対談の前に神谷秀樹さんからメモがきた。自分は現在米国や日本が取っているような巨大な景気刺激策は、財政破綻の危険を招くだけで意味のない愚行だと考えている。この点について竹森先生が同じ考えなら、大いに糾弾しようではないかと言うのである。

 しかるに、筆者は不況の際の景気刺激策を原則として容認する。その立場を一貫してきたつもりである。だからこの点については、前回と同じように討論になりますね、と神谷さんには伝えておいた。そう、神谷さんとの対談は今回が2度目である。前回は、今は休刊となった「諸君!」という雑誌でのM&A(合併・買収)の是非を巡っての対談だったが、その時も景気刺激策については討論になったのである。

金融業ほど仮借ない論理性に貫かれたビジネスはない

 逆に言うなら、景気刺激策以外の点では神谷さんとさほど意見が異ならない。それは前回も今回も同じである。というより、筆者はウォールストリートの中枢で活動されながら、自分の考えを貫かれてきた神谷さんの識見に毎回深い感銘を受けている。対談をしてこれほど勉強になることも稀である。書物や新聞を読んで、一生懸命、頭を働かせながら、ようやくおぼろげにアメリカの金融界の状況をつかめているという一介の経済学者にとって、ルービン(元米財務長官)やポールソン(前財務長官)のような金融界の大物と直接渡り合ってきた方のお話ほど貴重なものはない。

 一般の読者には、ウォールストリートで活躍しながら、アメリカの資本主義を賛美する代わりに、くそみそにこき下ろす神谷さんのような人物はひょっとしたら「変人」に見えるかもしれない。何かというと「アメリカではね…」と言って、日本のビジネスをバカにするタイプの方が、一般の受けが良いのかもしれない。

 だが、ビジネスの環境にも、証券マンのステレオタイプにも縛られないで独自の行動を貫ける人物だからこそ、ウォールストリートでの活躍が可能なのだ。神谷さんの本のタイトルには、「強欲資本主義」という「えげつない」言葉が毎回出てくるが、そのために下手をすれば、読者はどこか中身の薄っぺらい本を予想してしまうのではないかと危惧する。だが、「GREED(強欲)」という言葉は、ニューヨーク・タイムズのようなアメリカの高級ジャーナリズムでも頻繁に使われる言葉で少しも「えげつない」ものではない。それに神谷さんの本はいつも実に格調が高い。

 筆者は証券業と銀行業を分離するグラス・スティーガル法の実質上の廃止が、今回の金融危機の一因になったかどうかについて考え迷ってきたのだが、今回、神谷さんの説明を聞いてその迷いが解けた。まことに理路整然とした説明をされたのだ。

 その時に分かったことなのだが、神谷さんが今のウォールストリートを徹底して批判するのは、ご自身が金融業の本来のセンスを身につけておられるからなのだ。そもそも金融業ほど、仮借ない論理性に貫かれたビジネスは存在しない。かつてその論理性は、いかにしたら長期の視野に立った金融ビジネスを築けるか、いかにしたら過剰な利益追求によって経営破綻を招くことを避けることができるか、といった「賢者の知恵」について、つまりセーフガードの構築についてとくに透徹していたのである。

 その論理性を身につけた人物が今のウォールストリートを批判するのに何の不思議もない。それでは読者にも、冴えた論理の衝撃を堪能していただくことにしよう。

(写真:村田和聡、以下同)

神谷 秀樹(みたに・ひでき)

ロバーツ・ミタニLLC創業者兼マネージング・ディレクター。1953年東京都生まれ。小学校時代をタイで過ごし、75年早稲田大学政経学部経済学科卒業後、住友銀行入行。ブラジル・ミナス・ジェライス連邦大学留学を経て、84年ゴールドマン・サックス証券に移籍。92年に日本人では初めて米国で投資銀行の「ミタニ&カンパニー・インク」を設立、95年に「ロバーツ・ミタニLLC」に社名変更。米国在住。著書に『ニューヨーク流たった5人の「大きな会社」』『さらば、強欲資本主義』(いずれも亜紀書房)『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(文春新書)がある。最新刊は共著『世界経済はこう変わる』(光文社新書)。これまでに大阪府海外アドバイザー、フランス国立ポンゼショセ大学国際経営大学院客員教授などを兼務。日経ビジネスオンラインでは創刊した2006年4月から「日米企業往来」を連載中。


竹森 4月に開催されたG20(20カ国・地域)首脳会合(金融サミット)の結果を、神谷さんはどう受け取られましたか。

神谷 アメリカと欧州の考え方がはっきり出ましたね。まずアメリカは、景気刺激策をどんどんやれという姿勢です。それに対して、ドイツやフランスといった国は、なぜこのような金融危機が起きたのか、規制の在り方がおかしかったのではないか、まずはその問題を是正すべきだ、という態度でした。

 もう1つの相違点は、スティミュラス・パッケージ(景気刺激策)の金額についての考え方です。借りるのは返せる範囲に収めましょうというのが大陸ヨーロッパの人たちの考え方です。ヨーロッパでも住宅バブルは起こりましたが、ノンリコース(非そ及型)のローンで、借りるだけ借りてぜいたくをするというような形にはなりませんでした。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント2 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

竹森 俊平(たけもり・しゅんぺい)

竹森 俊平1956年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部教授。81年同大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。89年米国ロチェスター大学経済学博士号取得。主な著書に『経済論戦は甦る』(第4回読売・吉野作造賞)、『世界デフレは三度来る』(上・下)、『1997年―世界を変えた金融危機』『資本主義は嫌いですか』ほか。新著に『経済危機は9つの顔を持つ』ほか。新著に『日本経済復活まで』。



このコラムについて

経済危機は9つの顔を持つ

 経済危機の素顔を探る対談シリーズ。経済学者の竹森俊平氏が、危機の現場に足を運んで疑問をぶつけます。一時のパニック状態は乗り越えたとはいえ、世界経済の行方は依然不透明です。輸出が激減し、雇用情勢は悪くなる一方の日本が置かれた状況も厳しいまま。「失われた10年」を経験した日本は、そこから何を学ぶべきか、そして危機後の日本が歩むべき方向は――。幾多の困難を乗り越え、日本経済・政治を見てきたキーパーソンとの議論を通じて、これからの日本の金融政策、産業構造、そしてアジア経済の在り方と世界経済の今後について考えていきます。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン