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新政府に仕える気など毛頭ありません

  • 茶屋 二郎

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2009年6月13日(土)

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 六 大蔵省

 明治二年九月の中頃、栄一は商法会所総理の大久保一翁から呼び出しを受けた。近頃は会所も順調に動き始めていただけに意気揚々と顔を出したところ大久保が真剣な顔つきで、

「渋沢、お前に朝廷から御用があるので東京へ来いという招状が届いた。早速東京へ出ろ」
「えっ、今は取りかかった仕事も多いので、半月の猶予を頂きたいと思います」
「ならん。政府に仕官せよという御内意だ」
「しかし私はこの商法会所の事業に一身を捨てる覚悟でおりますので、新政府に仕える気などは毛頭ありませんが」
「その気持ちはわかるが、渋沢が出仕しなければ静岡藩が人材を惜しみ引き留めているように思われて朝命に悖(もと)ることにもなる。また藩主殿にもご迷惑になる。この際は我意を通さずに新政府に勤仕せよ」
「ご趣旨はわかりましたが、とにかく一応上京して担当の役人と会った上で諾否は決めさせて頂きます」

 大久保は頑固な渋沢がとりあえず上京する意思を見せたことでほっとした顔をした。

明治初期の大蔵省
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 それでも東京へ着いた時はすでに十月になっていた。すぐに大蔵省に出向いた。道すがら江戸城周りの武家屋敷は取り壊されたり、住人がおらずにその多くが空き地となったりしていた。すべてが閑散として駿府より寂しい感じであった。大蔵省の建物にはなぜか昔の徳川家の田安殿が使われていた。省内に入ると部屋には数十人の役人達が忙しく事務を執っていたが、誰一人知っている人間もいなかったので近くの役人に申し上げた。

「渋沢栄一ですが、お召しの趣を承りに参りました」

 しばらくしてから腰に小刀を差した幕府の老中とも思える風采の男が現れた。

「それがしは大蔵卿(おおくらきょう)伊達宗城(むねなり)の秘書、郷(ごう)純造と申す。ここにそなたの辞令がある。大蔵省租税正(そぜいのかみ)を仰せ付ける」

伊達宗城
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 事務的に一枚の紙片を差し出した。

「誰が私を推挙したのでありますか」
「そんなことはどうでもよろしい。さっそく明日から出勤されたい。大蔵大輔(たいふ)は大隈重信、大蔵小輔(しょうゆう)は伊藤博文だが、大隈大輔がそなたの上司になる」

「朝命に逆らうわけにはいかないと思いますので一旦は受け取りますが、私を推挙した方がわからないではこの辞令は承諾できません」

 租税正の役目を少しも喜ばない栄一を見て、郷はおかしな男だとそのまま自席に戻ってしまった。

 東京の宿である「島屋」へ向かいながら栄一はまた人生が狂い始めたと思うと身体に悪寒を感じた。額に手を当てると熱があるようであった。宿に着くなり布団の中に潜り込んだ。

 結局その日から四日間も宿屋で床に伏すことになって一週間後にようやく初出勤した。今日にも大隈という男に辞職を述べて静岡に帰ろうと思っている栄一には出省が遅れたことは少しも気にならなかった。

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