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新しい貨幣の改鋳が必要になります

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2009年6月19日(金)

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 栄一は複雑な思いで駿府から静岡へと地名が変わった我家へ一度戻ることにした。しかし自宅はいつの間にか商法会所の代官屋敷から浄土真宗の教覚寺という寺に引っ越されていた。栄一のいない間に慶喜公が寶台院での謹慎を許されたために、その御座所が代官屋敷に成り代わっていたからである。

 歌子が走ってきて栄一に飛びついた。

「父上、お帰りなさい。今日はおともだちと安倍川で遊んだの」

 栄一は歌子を抱きながら寺の客殿に入った。

 笑顔で迎えた千代に東京での一件をすぐに切り出した。

「千代、また事情が変わって大蔵省へ勤めることにした。それが慶喜公への忠義だと上司の大隈さんに諭された。皆で東京へ行こう」
「そうですか。家族四人で一緒に住めるのならどこへでも参ります」

 千代は表情一つ変えずに答えた。

「四人とは・・・」
「はい、来年の二月にはいま一人家族が増えることになると思います」
「そうか、でかした」

 栄一は千代の腹を触ってその膨らみを楽しんだ。

「ありがたい。しかしこれで血洗島にはまた帰れなくなった。中の家はお貞に好い婿を取って跡を継がせるよう父上にお願いしよう」

 栄一は叔父須永伝蔵の弟の才三郎を妹貞子の婿にしようと考えた。姉の「なか」はすでに吉岡家に嫁いでいたからである。

「それがよろしいでしょう」
「これからすぐに商法会所へ行く」

 栄一は思い立つとすぐに行動しないと気がすまない性質(たち)であった。後事を託す為に腹心の四人を呼んだ。遠州中泉奉行だった前島密(ひそか)、咸臨丸で渡米してオランダ留学から静岡藩に移住してきた赤松則良(のりよし)、徳川家達(いえさと)の家臣で親友の杉浦愛蔵、フランスで知り合った塩田三郎らの友人であった。

前島密 (写真提供:渋沢史料館
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「諸君、新政府からの御用で残念ながら商法会所を途中で辞めなければならなくなった。これからは君達がこの会所を経営して欲しい。現在流通する借入れ資本の総額は三十八万六千両であるが、すでに利金一万五千両を毎年稼げるようになった。そこで来年から紙幣総額の一割を政府に返却していけば十三年目には一万石の貯穀を為し、なお三万余両を残せる予定である」

 栄一の頭では政府から年三分の利子で借用した新紙幣を十三年で全額償却完済できる算段を終えていた。突然の話であったが商法会所も経済的に自立し始めていただけに四人も快く同意してくれた。 

 十二月十四日栄一は家族、一族を連れて東京へ出発した。宿場ごとに「渋沢租税正御泊」という大きな看板が立ち、その先触れの供の声の威勢は宿駕籠に乗った幼い歌子にも充分感じられたほどであった。十八日には東京湯島に借りた新居に到着した。その家は湯島天神の石の鳥居を過ぎてからの急坂の中頃にあった。

「さあ、ここがお家ですよ」

 と母に言われて駕籠を下りた歌子の目には古びて煤汚れた汚い大門が見えるだけであった。栄一が旗本後藤小一郎から一年につき三十五両で拝借した屋敷である。敷地が四百坪で建坪は百坪ほどなので庭の方が広かった。

 千代は静岡の寺ではあわただしく落ち着かなかったが灯篭が置かれた瀟洒(しょうしゃ)な一軒家を見るとようやく家族と暮らせるという実感を抱いた。これまでの年月は正月の営みも形ばかりで寂しい思いにつきたが、夫の立身出世と共に久し振りに一家団欒の正月を迎えることができる喜びで心は春のようにのどかであった。

「歌子、東京へ来てやっと落ち着いたね」

 しかし栄一はその日から戦場ともいえる大蔵省租税司に羽織、袴姿に小刀を差して出仕して行った。

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