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西郷先生はやはり先見の明があられる

  • 茶屋 二郎

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2009年6月26日(金)

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 大蔵省に戻ると若い改正係の担当官が栄一の机の前に来てかしこまって話し始めた。

「渋沢係長、婦人が面会したいと申して、ここに来られておりますが」
「誰かな、名前は」
「喜作さんから言付かって参りましたとしか言わないのですが」

 喜作と聞いてすぐに立ち上がった。担当官は不審気な顔をしたまま案内した。受付に薄汚れた着物を着たままの田舎出と思われる女が顔を伏せたまま待っていた。

「渋沢栄一だが、喜作から言付かってきたそうですね」
「はい、仲子と申します。喜作さんから手紙を渡してくれと頼まれたものですから」

 袂から大事そうに一通の書状を取り出した。懐かしい喜作の字であった。

「あなたと喜作は・・・」
「喜作さんのお世話に参っている者です」

 そう言えば喜作の妻のよしとは日本に帰ってから一度も会っていないことを思いだした。

「ここで暫く待っていなさい」

 栄一は急いで自室に戻って封を切った。

「渋沢栄一殿 返す返すも貴兄の心づかいに感謝申し上げ候 差入品の数々百万の配慮に万も千も深謝のみ 地獄の沙汰も金次第で読書三昧の毎日なり 使いの仲子は函館以来の仲にて安心して頼める女なり」

 海外出張中何一つ喜作の力になれなかった悔恨の思いから栄一は糾問所の喜作のために財布に有るだけの金を女に渡した。

 イギリスから前島密が帰国した。前島はポストを郵便と名づけて東京―大阪間ですぐさま開設することを上申した。

「渋沢さん、郵便切手を発行して東京、京都、大阪間に毎日郵便の発送をおこないます」
「そうか、どのくらいの時間で届くのか」
「東京―京都間は三十六時間、東京―大阪間は三十九時間をもって到達期限にしています。切手は郵便物に貼る方法で東海道各駅の諸村で発売する予定です」
「それは画期的な事業になる。税の徴収もこれで随分と助かる」

 ついで伊藤博文もアメリカから帰国すると、ナショナルバンクの創設、貨幣本位制の導入、公債証書発行等の実施を上奏した。栄一は毎日徹夜続きの調査に追われると同時に省内の諸制度も種々改めることにして帳簿も西洋簿記式に変更した。

 すると突然栄一より十七歳も年長の出納正(すいとうのかみ)の得能(とくのう)良介が執務室に飛び込んできた。

得能良介 (写真提供:渋沢史料館
画像のクリックで拡大表示

「渋沢君、いったい君は西洋にかぶれて四角い字の真似をしたがるが、簿記などというくだらぬ出納を行わせようとするので事務が繁雑になり過失ばかり多くなって困る。こんなものは速やかに撤回せられたい」

「出納の正確を期するには是非とも西洋式の伝票を使用することが必要であります」
「こんなものはわからん」
「それは初めだからわからないので馴れてみると何でもない」

 元薩摩藩士の得能は栄一の素っ気ない言葉に憤慨して撃って掛かってきた。殴られる前に栄一は身をかわして一喝した。

「何を召さる。ここは御役所でござるぞ」
「こんな処には勤まらぬ」
「それではおよしなさい」

 得能はそのまま扉を荒々しく開けて立ち去った。そしてそのまま大蔵省を辞めてしまったのである。

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