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国立銀行の設立に力を貸して欲しい

  • 茶屋 二郎

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2009年6月27日(土)

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 明治五年の春になって渋沢栄一家族は湯島から神田神保町の家に引っ越した。大蔵省までの道が遠く不便であったのが大きな理由である。二年間住んでいた湯島の家は尾高新五郎に譲った。旗本の邸宅であった新居の地所は五百坪で建坪は百二十坪以上、立派な長屋門(ながやもん)と客室、居室、奥の間、土蔵までが完備していた。代金は八百円であったが、すでに栄一は大蔵小輔として大蔵卿や大輔を補佐する次官の役目を果たす立場だけに世間体からみても身分相応な家といえるようになっていた。

 この頃になってようやくフランスからフロリヘラルドに売却を依頼したパリの館と家具の代金二万円三千円が送付されてきた。すぐさま栄一は全額を水戸の徳川昭武に引き渡そうとしたが、昭武は頑として自分の持ち分一万円のみしか受け取らずに残金は兄慶喜へ渡すように指示された。

 気づくと早いもので長女の歌子は八歳になっていた。そこで近くの雉子(きじ)橋の大名屋敷の中にできた共立女学校に入学させることにした。その女学校は米国婦人の教師を招聘して最初から女子にも英語を教えてくれたからである。千代は歌子のために夜鍋して栄一がはいていた緞子(どんす)の野袴を小さく仕立て直した。歌子はその袴を着けると目を輝かして女学校へ走って行った。見送る千代の腕の中には一歳になった三女も一緒であった。栄一は家族の絆の大事さを知って「行き先長かれ目出度い幸を結び止めよ」と祈って「糸子」と命名していた。

 しかし初夏になって糸子は脳膜炎にかかって危篤状態になった。

「医者を呼べ、函館から氷を取り寄せるんだ」

 大声で叫ぶ栄一は二度と我が子を死なせたくなかった。しかし二日後、糸と名付けた甲斐もなくあっけなく夏草の露のように夭折してしまった。悲嘆にくれる栄一を見て神は新しい吉事を贈って寄こした。十月になってから千代が待望久しかった男子を産んだのである。栄一は「市太郎の生まれ変わりだ」と産褥にいる千代の手を握って喜んだ。一橋家の武士になってから篤太夫と改名したことと、幼い時に栄二郎とも呼ばれていたことから次男を篤二(あつじ)と命名した。

「千代、すぐに乳母を捜す。今度は篤二を丈夫に育てるんだ」
「私の村ではたとえ赤子が死んでも乳母などを抱える者はおりませぬ。私の乳で育てますから」

 気丈に答える千代を栄一は叱った。

「今は朝廷の役人の妻だのに、子の為に乳母一人雇ったとて何のへだたりがあるか」

 栄一は乳母を置くことを固く強要した。

 この頃になって懸案の全国の歳入額が四千万円余であるという統計が上がってきた。やはり軍事費に歳入の四分の一にあたる一千万円を使用することは無謀であった。なおかつ文部、司法省を始めとする各省からの政費要求は激増しており、これまで膨大に発行された太政官札に裏付けされた正貨分を準備しなければいずれ新政府も破産することは明白であった。前年伊藤参議が米国で調査してきたナショナルバンク構想を一日も早く実施しなければならないと強く考えた。

 ただその前にナショナルバンクという英名を何と適切に翻訳するかということが省内で問題になった。これまで幕府の御用商家が大名に金を貸した者は「為替方(かわせかた)」とか「大両替」と呼ばれていたが、これからは相応しくはない。栄一は調査を担当する全職員を集めて案を聞いたり、学者の所へ行ったりして相談したがうまい名称はでてこなかった。案に浮かんだ「銀舗、商社」などはどれもが面白くなかった。

福地源一郎 「国立国会図書館 近代日本人の肖像」より転載
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 伊藤博文と一緒にアメリカでバンク制度を勉強してきた福地源一郎が提案した。

「渋沢さん、バンクが両替屋では下品です。支那では商(あきない)に行という字を使うので金行とか銀行という呼び名はどうでしょう」

「金行は金鉱みたいでおもしろくない。それなら銀行の方がいいと思う。ナショナルは国の意味だが一字では熟語にならないから国が立てるということで国立としよう」

 そこでナショナルバンクを「国立銀行」と翻訳、命名することを大蔵省として申し合わせた。


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