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湖面に立ち揚がって空に消えたもの

  • 茶屋 二郎

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2009年7月3日(金)

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 その年の暮、小野組の財産は明治政府に全額没収され呆気なく倒産した。そして同じ第一銀行の大株主である島田組も閉店、破産した。一方栄一は古河市兵衛が提供してくれた担保を処分して貸付金を決済したが、小野組の出資金の百万円は減資して出直すことにした。栄一は自分を恥じていた。総監役などという役職で銀行業が務まるという過信を恥じていた。栄一は破産を逃れて唯一の大株主になった三井組の三野村に新しい第一銀行の再建案を提案することにした。

「三野村さん、これまでのなれ合いでは真の銀行は造れません。まず一日も出勤しないおたくの頭取や副頭取には辞めてもらいます。それにいま三井組に与えている特別な預金金利や無担保融資の特権も止めさせて頂きます。大蔵省にも同じ意見を具申するつもりです」

 立ったままの三野村はしばらく厳しい顔つきをしていたが、最後は笑顔になって、

「この際第一銀行の全株式を引き取って三井組の会社にすることを考えていましたが、ようやっとあなたが本気になって経営をして頂けるようになったので応援をしましょう。これで頭取になって頂けますね。その代わり株式会社として渋沢さん個人にも十万円の株を引き受けて頂きますわ」

 経営とは自らが陣頭指揮しなければ動かないことを肌身を通じて知った栄一に断る言葉はなかった。

「勿論です。これからは自主独立した銀行を造り、どんな天変地異にも拘わらずいつでも事業が応援できる銀行にするつもりです」

 明治八年八月一日、第一国立銀行東京本店で開かれた臨時株主総会で栄一は満場一致で頭取に選任された。三野村も検査係の取締役として栄一に協力することになった。

 市兵衛の死命を賭けた援助で第一銀行は救われたが、また金融危機が襲ってきていた。台湾征討による清国との戦争で地金銀が多量に輸出され政府紙幣は金貨千円につき十七、八円のプレミアムがつくようになってしまっていた。そこで大蔵省はまた安易に旧紙幣を廃止して新紙幣と交換する条例を発布したのである。

 旧紙幣の運用停止は唐突に明治八年五月末日とすでに決められていた。このことが発表されるやいなや目ざとい清国の商人を中心にして旧紙幣を正貨に兌換しようとする人々が国立銀行に殺到した結果、第一銀行を始めとする他の銀行の金庫の正貨はたちまち底をついていた。

 頭取になった栄一はまた自分の見通しの甘さを恥じていた。銀行条例によって発行できる紙幣の量は兌換準備金の三分の二を上限とされている。このために正貨が少なくなれば自動的に紙幣発行も減少させざるを得なかった。すでに第一銀行の発行残高は一万七千円までに縮まって開店休業状態に陥っていた。

 このままでは早晩銀行は倒産する。すぐに大蔵卿大隈重信を訪ねて救済を依頼することにした。そこに隣席した担当の紙幣頭は栄一と口論して辞めたはずの得能(とくのう)良介であった。得能は晴れやかな顔で、

「渋沢さん、懐かしいですな。大隈さんに出仕するように頼まれてまた大蔵省に戻っています」

 栄一は少し気後れをしながらも陳情を始めた。

「大隈さん、銀行の信用如何に拘わらず発行紙幣の兌換要求がすこぶる多く、このままではどの銀行も営業を維持することができません。すぐさま銀行兌換制度の改正をお願いします」

 渋沢は黙って頭を下げた。

「やはりうまくいかんか。他ならぬ渋沢君の頼みでもあるし、できたばかりの国立銀行を政府としても潰す訳にはいかんわな」

 大隈も得能も世間の経済が理屈通りいかないことを知ることはできないでいた。やはり「算盤を知るは武士の恥辱なり」という気持ちがぬけないようであった。栄一は心中第一銀行発行紙幣の停止を決めていた。またもや銀行業失格であった。

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