「経済危機は9つの顔を持つ」

手足を縛るマニフェストという“弊害”

特別対談 小峰教授と竹森教授が日本の経済政策と政治を語る(下)

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2009年9月29日(火)

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竹森 日本の政治について、『経済危機は9つの顔を持つ』の対談では、コロンビア大学のジェラルド・カーティスさんが非常にいいことを言っていました。彼は、「私はマニフェストには反対です」というのです。誰かが思いつきで言ったことを一度マニフェストに書き込めば、後々まで政策の足を縛ることになるからということです。政策への拘束を避けるためには、むしろ漠然としたものでも良いから哲学を書くべきだと言っています。

 例えば、今の日本は、米国並みの社会保障費で欧州並みの社会保障の実現を希望しているけれども、それは明らかに無理です。ではどうするのか。長期的には欧州型の社会保障費と社会保障のモデルを志向するといった、そういうことをマニフェストに書けばよい。そうなると消費税はどうなるの、といった具体的な質問が出てくるでしょうが、それについては景気の悪いときには消費税は上げないと、原則だけを言えばいいのです。ところが、それでは弱いということになって、4年間は上げませんといった明言をしてしまう。これは大変な拘束です。

 政治学者の方がよく言うのですが、政策目標を掲げる場合にやたらに数字目標を挙げるのは、政治目標を実行する意思が弱い時なのです。つまり本当にその目標を実行するための決意を政治家が持っているならば、いちいち、細かい数字にまでコミットする必要はない。ところが、本当にやる気があるのかどうか、リーダーの意志自体に不確かな点がある場合には、細かい数字まで出して政策目標にコミットしなければいけない。

 例えばユーロ圏でも、マーストリヒト条約で財政赤字がGDPの60%を超えたらいけないということが決められていますが、これはメンバー国のコミットメントに疑いがあるからです。もしメンバー国が財政運営は健全にやります、ということを一言、言えばそれで信頼されるようならば、60%といった具体的数字にコミットする必要性はないわけです。

 日本の場合、政治家の考え方に一貫性がなく、しかもいまはリーダーシップが弱い。だから消費税を4年間は上げないなどといった議論が先行する。経済状況も、財政状況も急激に変化するのだから、こんなコミットメントは百害あって一利なしです。数字の前に哲学を論じるべきなのに、それをしない。

マニフェストが政策の手足を縛ってしまうことにも

小峰隆夫教授 (写真:村田和聡、以下同)

小峰 今回の選挙の場合は、もっと単純な話だったのかも知れません。民主党は本当に政権が取れるかもしれない、それなら何が何でも取ってしまおうと、どんどんおいしそうな話題を並べた。自民党の方はもしかしたら本当に政権を取られてしまうかもしれないというので、負けじとおいしそうなことを並べた。そんな状態だったのではないでしょうか。

竹森 僕は絶対にそうなると思っていたんですよ。最後はバナナのたたき売りみたいに、「持って行け泥棒」という感じで両陣営が景気対策を競い合う。問題はそうなると、カーティスさんの言っているように、マニフェストの弊害がはっきり出てくることです。選挙目当ての空約束ならまだしも、本当に政策の手足を縛っちゃうのです。

小峰 そうですね。米国の経済学者、ブキャナンが景気対策に関連して、裁量的に景気対策をやろうとすると、民主主義の下では景気が悪い時に、歳出拡大や減税はやれやれと言う。しかし、景気が良くなって、歳出カットします、増税しますと言うとみんな嫌だと言う。そうすると景気循環のたびに財政赤字が増えますよという議論をしています。

 今のままだと選挙のたびに将来世代の先送りばっかりが行われるので、どんどん財政赤字が増大してしまうということが起きる危険があると思うんですね。竹中(平蔵)さんはある所で、マニフェストはもう守らないでいいです、約束は破ってくださいと言っていましたけどね。

竹森 竹中さんは選挙についても面白いことを言っていました。今の民主党に一番必要なのは、アーリー・スモール・サクセスだというのです。これが今後の政局のカギでしょう。

 それから、医師の河北博文さんが言っていましたが、医療関係の問題では、厚生労働省がデータを握っていて外に出さないという弊害が大きいようです。そうなると、民主党が提案している厚生関係のいろいろな案も、データがない中での一種の机上の空論だという可能性がある。だとすれば、まずは厚労省にデータを持ってこさせて、それを基に具体的な案を再構築しなければならない。これは相当大変なことですよね。

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著者プロフィール

竹森 俊平(たけもり・しゅんぺい)

竹森 俊平1956年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部教授。81年同大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。89年米国ロチェスター大学経済学博士号取得。主な著書に『経済論戦は甦る』(第4回読売・吉野作造賞)、『世界デフレは三度来る』(上・下)、『1997年―世界を変えた金融危機』『資本主義は嫌いですか』ほか。新著に『経済危機は9つの顔を持つ』ほか。新著に『日本経済復活まで』。

小峰 隆夫(こみね・たかお)

小峰 隆夫

法政大学大学院政策創造研究科教授。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。著書に『日本経済の構造変動』、『超長期予測 老いるアジア』『女性が変える日本経済』、『最新日本経済入門(第3版)』、『データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問』、『政権交代の経済学』、『人口負荷社会』ほか多数。



このコラムについて

経済危機は9つの顔を持つ

 経済危機の素顔を探る対談シリーズ。経済学者の竹森俊平氏が、危機の現場に足を運んで疑問をぶつけます。一時のパニック状態は乗り越えたとはいえ、世界経済の行方は依然不透明です。輸出が激減し、雇用情勢は悪くなる一方の日本が置かれた状況も厳しいまま。「失われた10年」を経験した日本は、そこから何を学ぶべきか、そして危機後の日本が歩むべき方向は――。幾多の困難を乗り越え、日本経済・政治を見てきたキーパーソンとの議論を通じて、これからの日本の金融政策、産業構造、そしてアジア経済の在り方と世界経済の今後について考えていきます。

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