「立田博司のニッポンの本流と奔流」

グーグルvs中国は「複雑系」世界経済の象徴だ

フレキシビリティの強みがイノベーションを生む

バックナンバー

2010年1月19日(火)

1/4ページ

印刷ページ

 国連気候変動枠組み条約の第15回締約国会議(COP15)での強引な主張で存在感を示した中国が、今度はインターネット検索最大手の米グーグルとの間で、サイバー攻撃や検閲撤廃を巡って対立が深まり、米中外交問題にまで発展してきています。これは単なる会社対中国当局の問題というよりも、グローバル化と情報の民主化が進む中で、「資本主義化を進める社会主義」という矛盾した制度を維持するために取ってきた強引な政策の一部が、矛盾を取り繕うことができず表面化してきたと捉えることもできます。

 世界中の情報が障壁なく「オープン」なネットワークで行き交うインターネットが、世界の公共インフラとしてここまで拡大した以上は、中央集権型の社会主義国と言えども、いずれ時間の問題で法制度や社会の仕組みをインターネットに合わせなければならない、すなわち民主化の圧力がこれまで以上に強くなるでしょう。これが21世紀の「ネット化」という大きな技術革新の力なのかもしれません。

 今回は前回に続いて、21世紀の資本主義のあり方について、中国の今後も含めて、さらに考察を深めていきたいと思います。

「無知の知」と「複雑系」

 前回は、21世紀における豊かさの定義の変化、そして地球環境問題とネット化という大きな環境変化を受けて、資本主義の概念が「本物の価値」「目に見えない価値」という「カネ」を超えた価値観を付加した形に「進化」することにより、歴史的にも大きなパラダイムシフトになると述べました。

 また、経済学の歴史的な発展過程を俯瞰し、経済学者フリードリヒ・ハイエクの新自由主義の経済学が、「無知の知」と「複雑系」を前提にしているという点において、それまでの経済理論とは一線を画して、21世紀に通用する進化した経済理論ではないかと指摘しました。今回は、ハイエクの理論をベースに考察を深めるところから始めましょう。

 グローバル経済の進展と新興国の台頭、ネット化により、以前と比べると格段に複雑に絡み合って「相互作用」が引き起こされる21世紀の世界経済においては、生命体に似た体系を想定する「複雑系」の理論によらなければ、世界経済をうまく理解することは難しくなってきています。しかも「ネット化」のインフラであるインターネットそのものが、全体を制御するという意図を持っては管理できないことを前提に設計されており、「創発」「相互作用」を促すことにより「自己組織化」が起こる、すなわち自由競争に任せるという発想の分散化したインフラですから、ネット化が進む21世紀において「複雑系」の理論に則ったハイエク理論の意味が際立ってくると考えています。

 では21世紀の資本主義経済は、どのような進化が必要になるのでしょうか。「複雑系」の理論は、変化・進化が全体の指揮命令からではなく、「個の小さな変化」の集まりが「創発」「相互作用」を促し、「自己組織化」につながるという発想です。変化の起点になる「個の小さな変化」は、資本主義経済においては市場で経済活動を行う各々の「個人や企業の小さな変化」に当たります。ということは、個人や企業の行動の軸を変えることによって、それが束になっていけば経済全体の変化を引き起こせるということになります。

 金融危機後の「カネ」を中心にした「資本主義」に対する処方箋について、市場に委ねる放任か、あるいは一時的な財政支出や政府規制による管理強化か、といった議論がありますが(これについては後ほどまた触れます)、本当に必要になってくるのは、形式的な考え方よりも、市場で活動している個人・企業の行動軸の変化、すなわち「カネ」に加えて「ヒト」を基軸にした「資本主義」に進化することではないかと考えています。「ヒト」の行動軸についても、また後ほど考えていきましょう。

 「ヒト」を軸にした「資本主義」の概念をさらに押し進める際に、ハイエクの理論でもう1点触れておきたいポイントがあります。それは、「ヒト」がどのような行動の軸(ルール)の下で自由競争をするのか、についてです。ハイエクは、基本的に「無知の知」をベースにしており中央集権的な管理を信じていませんでしたから、行動軸(ルール)は人間が定めた法秩序ではなく、自然法であり自生的な秩序によると考えていました。

 この自然法や自生的な秩序といった概念は、英米型のコモンロー(慣習法)すなわち歴史に育まれた「常識」に近い発想です。コモンロー自体は、司法による判例の積み重ねによって確立したものを法律として立法していく、という形でフレキシブルに進化していきます。このルールの形成の仕方は、常に未完成で、多くのヒトに修正されて発展するというインターネットの世界に似ていますし、個の自己組織化という「複雑系」の世界にも相通じるものがあります。

 法律の形としては、詳細にまで立ち入らずおおらかな決まりをベースに、後は裁判で変化対応してくれ、言い換えれば基本は自由、例外的に規制、というイメージになります。従って英米型資本主義国においては、判例を通して慣習法を確立するという意味で司法が強く、立法と行政が相対的に弱い傾向があり、逆に言えばそれだけ行政の暴走のチェック機能が強いことになります。

 また先ほど触れた判例主義によるフレキシビリティという点で、21世紀のような変化が激しい時代において変化対応が素早いという強みがある仕組みでもあります。こうしたルール概念とそのための政治体制を持つ英米において市場を中心概念にする資本主義が発達してきたというのは容易に理解できることだと思いますし、ハイエクはこのような資本主義を前提に理論構築をしていたとも言えます。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



関連記事

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント6 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

立田 博司(たてだ・ひろし)

日系・外資系の大手運用会社で20年以上に渡りファンドマネジャーとして資産運用に携わる。2001年、米経済誌「フォーブス」における「20 of the world's Best Fund Managers」の1人に選ばれ、2007年にはトムソン・ロイター参加の米投信情報サービス会社リッパーより、日本中小型株部門における10年間のBest Fundを受賞するなど、国内外の債券・為替・株式運用に長年携わった経験が国際的に高く評価されている。日本証券アナリスト協会検定会員。



このコラムについて

立田博司のニッポンの本流と奔流

世の中で起きている出来事に対して、歴史的な位置づけや世界的な意義をつなげていくことで、将来を見通すファンドマネジャー。この分析力を駆使して、「未曾有の不況」の後に生まれてくるであろう「新しいニッポン」の概念を探っていく。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン