「立田博司のニッポンの本流と奔流」

「フリー」がもたらすポスト近代工業化社会

世界がフラット化しても、格差はなくならない

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2010年2月23日(火)

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 先週、EU(欧州連合)はとりあえずギリシャ問題を棚上げ・先送りしましたが、一朝一夕で解決する問題ではないだけに、以前話題になったドバイとともに火種は残ったままで、いずれまた近いうちに噴出する問題だと考えておいた方がいいでしょう。しかも、域内で大きな経済格差・競争力格差があるにも関わらず、EUあるいは通貨としてのユーロを一体的に運営することが可能なのだろうかという根本的な疑問が残ります。今年はEUにとっては、この疑問に答えを出さざるを得ないタイミングになるかもしれません。

 先週はまた、米国で財政赤字削減について超党派委員会を設置して本格的に取り組む意向を示しましたし、中国の預金準備率引き上げや(技術的な動きだとしても)米国の公定歩合引き上げが発表されるなど、世界金融危機で緊急避難的にとった財政・金融政策からの出口を模索する動きが顕著になってきています。

 世界経済が金融危機後の景気回復のピークを打ちつつあるこの時期に打ち出される引き締め気味の政策は、世界が再度根本的な問題に直面せざるを得ない状況を生み出すのではないかと考えています。

いよいよポスト近代工業社会が幕開け

 さて前回までで、21世紀の価値変化とそれがもたらす様々な根本的な変化について述べてきました。それを踏まえて、今回からは21世紀の方向についてまとめていきたいと思います。

 そこでまずは、20世紀から21世紀への大きな流れをおさらいしておきます。21世紀までの企業主導の「大量生産・大量消費型」の近代工業社会から、21世紀には消費者主導の「少量多品種生産のカスタムメード型」のポスト近代工業社会に移行する、という基本的な見方は、以前「ドバイ・ショック。そして過剰投資と覇権国」において述べた通りです。

 近代工業社会において先進国は、後進国から安価に資源や労働力を輸入し、自国で加工して世界に輸出するという加工貿易で大きな成長を成し遂げてきました。その過程で、安い原材料と高く売れる加工輸出品で潤い続ける先進国と、(言葉は悪いですが)先進国に原材料をうまく搾取されてしまった後進国との間で、1960年代には南北格差が叫ばれるなど問題が顕在化してきたのです。

 それに対して1970年代には、資源ナショナリズムの高揚により原材料が高騰して安価に手に入らなくなったことに加え、日本の追い上げを受けて加工貿易が行き詰まった英米では、英マーガレット・サッチャーと米ロナルド・レーガンそれぞれの政権が新自由主義を旗頭に小さな政府に移行し、IT(情報技術)化・サービス経済化・金融経済化が進み脱加工貿易を図ったのです。

 一方で飛ぶ鳥を落とす勢いだった日本は1980年代以降、加工貿易を加速させるとともに金融経済化が期せずして進んでしまい、バブル崩壊を迎えたのです。この意味では、近代工業社会の先進国における加工貿易の役割は既に1980年頃には終了しており、その後30年間に渡る英米の経済成長はIT化とサービス・金融経済化がもたらした「一時的にカサ上げされた」成長だったとも考えられます。その最後の10年間に、加工貿易の中心が中国を主としたアジア諸国に移り、また新興国が持つ資源・原材料の高騰を招いたことは、先進国の時代から新興国の時代へと覇権が移る大きな変化を示していると言えます。

 今般の世界金融危機は、先進国にとっては「一時的にカサ上げされた」経済成長が終わり元の水準に戻る契機であるとともに、新興国に覇権が移り世界のパワーバランスが変化する中で、先進国が21世紀に創り上げていくであろう「ポスト近代工業社会」の幕開けとも言えます。資源や原材料を多く持つ、あるいは爆発的に消費する新興国が加工貿易の主役になるということは、構造的に原材料コストが上がりやすくなる一方で、最終製品価格が新興国価格に引っ張られて上がりにくくなる、すなわち先進国は最終製品デフレが進み加工貿易の利潤率が上がりにくい環境に直面するわけです(日本は既にその状態にありますが)。

 その意味で、どのような過程を経て「ポスト近代工業社会」に向かっていくのか、「ポスト近代工業社会」の姿がどのようなものであるか、を考えていく必要があります。

 私は、21世紀前半は「ポスト近代工業社会」の先進国モデルを創り上げる時期になるのではないかと考えています。それは、新興国の台頭が顕著になる中で、近代工業社会のインフラを破壊し新しい構造への変化を促す「ネット化」と、成長の限界を意識せざるを得ない「地球環境問題」が先進国の産業構造を揺さぶり、新しい構造を生み出さざるを得ないと考えるからです。

 その結果、近代工業社会における成長し続ける経済と違って、所得はそれほど大きく伸びないながらも豊かさを感じられる成熟経済・社会のあり方を具現化していくのではないかと考えています。世界的に少子高齢化が進み、「ネット化」により人間の付加価値が変化する中で、先進国における豊かさや幸せは、安心して生きていくための「医療・介護・年金・教育」といった分野に焦点が移っていくように考えています。そこで今回はまず、近代工業社会のインフラを「創造的破壊」する「ネット化」の意味から具体的に考えていきましょう。

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著者プロフィール

立田 博司(たてだ・ひろし)

日系・外資系の大手運用会社で20年以上に渡りファンドマネジャーとして資産運用に携わる。2001年、米経済誌「フォーブス」における「20 of the world's Best Fund Managers」の1人に選ばれ、2007年にはトムソン・ロイター参加の米投信情報サービス会社リッパーより、日本中小型株部門における10年間のBest Fundを受賞するなど、国内外の債券・為替・株式運用に長年携わった経験が国際的に高く評価されている。日本証券アナリスト協会検定会員。



このコラムについて

立田博司のニッポンの本流と奔流

世の中で起きている出来事に対して、歴史的な位置づけや世界的な意義をつなげていくことで、将来を見通すファンドマネジャー。この分析力を駆使して、「未曾有の不況」の後に生まれてくるであろう「新しいニッポン」の概念を探っていく。

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