世界金融危機に対処した非伝統的金融政策とは

日本経済のゆくえ

金融政策についてその目的と手段を知る〈4〉

2011年2月18日(金)

村田 啓子

 今回は、リーマンショック後の日本の金融政策についてお話します。下のグラフは主要先進国・地域の政策金利です。2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻後、世界の金融市場は危機的な状況に陥ります。米国、ユーロ圏、英国とも政策金利を1%以下の低水準まで迅速に引き下げ、「非伝統的金融政策」を採用していきます。では、既に0.5%と政策金利が低い水準にあった日本銀行は、どのような対応をとったのでしょうか。

リーマン破綻後の金融政策

 リーマン破たん後、日本銀行は2008年10月に政策金利の誘導目標を0.5%から0.3%に引き下げました。

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 このとき0.3%を誘導目標水準にしただけではなく、超過準備に「0.1%の金利を付利する」ことを期限付きで初めて導入しました。これは「補完当座預金制度」と呼ばれています。超過準備というのは、法的に民間銀行が日銀に預け入れを規定されている部分を上回った当座預金の分で、それに0.1%の金利をつけるという制度です。

 それまでは0%だった当座預金の金利に0.1%の金利を付けてくれるわけですから、日々の余剰資金を0.1%より低い金利でコール市場で売ってしまうより日銀に預ければいいと民間銀行は考えます。つまり0.1%が下限になり、日銀による資金供給により金利が過度に低下することを回避したわけです。

 2008年12月19日には、日銀は政策金利を0.1%に引き下げました。これは、米連邦準備理事会(FRB)が12月16日に1%から0%~0.25%に引き下げたた3日後のことでした。

 また、時限的にコマーシャルペーパー(CP)の買取りオペを導入するなどの企業金融の円滑化支援のための措置を講ずることも決定しました。これは、リーマンショック後に生じた企業の資金繰り悪化を踏まえた対応です。

 背景にあったのは、金融資本市場の混乱により、大企業がCPや社債等を市場で発行しにくくなっていたことです。この結果大企業が銀行からの借り入れを増やしたため規模の小さい企業は銀行からお金を一層借りにくくなり、資金繰りが悪化していました。このため、CP買い切りオペなどの形でも市場をサポートしたのです。

 日銀のこれらの措置に対して、12月19日の金融政策決定会合の後の記者会見では、以下のような質問が出ました。

 「先行きに対する懸念が高まる中で、市場へ大量に資金を供給するわけですが、新たに当座預金目標を設定しないまでも、事実上の量的緩和政策ということではないのでしょうか」

 この質問に対して日銀総裁は、従来日本で言われていた量的緩和政策は、当座預金の量にターゲットを定め、これを大幅に拡張することによって、この流動性がマクロ的な景気の刺激効果を生んでいくことを期待する政策だとし、量的緩和政策ではないとしました。ただ、金融市場の円滑化を図るために流動性を積極的に供給することは続けており、結果として当座預金残高が増えていくとことは十分考えられると説明しています。

再びのデフレと、より長めの資金供給オペ

 この後、世界の金融市場も危機的状況を脱し、マイナス成長となった日本の景気も底を打ち持ち直していきます。しかしが、その足取りは遅く経済活動水準が依然低いこともあり、このシリーズの1回目でみたように、GDPギャップはマイナスが続き消費者物価も下落を始めます。また、日米金利差縮小により円ドルレートは円高傾向にありました。

 2009年11月20日、政府は月例経済報告で「緩やかなデフレ」にあると判断します。このような状況下で日銀は、12月1日に臨時政策決定会合を開き、金融緩和の一段の強化を行いました。政策金利は0.1%を維持しましたが、新しい資金供給手段として、政策金利と同水準の0.1%でターム物(3カ月)の資金供給オペが導入されました。規模は10兆円としました。

 日銀総裁の発言を見てみましょう。

 「今回、0.1%という金利で3か月物の資金を供給する姿勢をしっかり示すことは、2つの意味で効果があると思っています。第1に、日本銀行が現在の低金利を続けていくことを通じて景気を支えていくという姿勢は、繰り返し申し上げてはいますが、なお十分には浸透していない面があるという指摘もあります。十分に理解されていないケースがあるとすれば、今回、固定金利、3か月のオペを出すことは、その姿勢を明確に伝えることを通じて金利に対して影響があると思います」

 「第2に、3か月の資金を出すことにより、需給的な効果で長めの金利を下げていくということです。これはこれだけで大きな効果があるというわけではありませんが、2つの効果が相俟って金利を下げていく効果を期待しています」

 ここで、「2つの効果が相俟って」というのは、既に0.1%という金融緩和を今のデフレが終わるまで続けるという時間軸効果に加え、さらに期間3カ月という長めの資金を0.1%で供給して直接的な影響を与えるということです。

 なお、日銀総裁はこの時の政策を、流動性や資金供給の量が足りないために金融機関の行動が制約されるということのないよう、量が制約とならない状況を作る、という意味で、「広い意味での量的緩和」としています。

「包括緩和政策」の導入

 2010年3月には、3カ月物の資金供給オペの規模を10兆円から20兆円に上積みしました。さらに8月末には臨時政策決定会合を開催し、金融緩和の強化を行います。この頃は政府でも経済対策を策定していた時で、金融政策側からも前向きな姿勢を示したと言えます。具体的には政策金利と同水準の0.1%でターム物(6カ月)の資金供給オペを行うとし、資金規模も20兆円から30兆円に上積みしました。

 そして、2010年10月5日、日銀は新たに「包括緩和」政策の実施を決定します。米国経済が減速しデフレ懸念が高まるなか、FRBが9月21日に行われた会合で「必要があれば追加緩和する用意がある」と表明し、円高傾向が続いていた中でのことです。

 包括緩和の内容は3つの措置からなります。第一に政策金利の変更です。それまで0.1%だった政策金利の誘導目標を、0%~0.1%に引き下げました。

 ただし、補完当座預金制度の適用利率は0.1%に据え置いていますので、「札割れ」などが起こった前回のゼロ金利政策時と異なり金融市場機能の維持を重視しているといえます。日銀総裁も記者会見で「これまでも実質ゼロ金利政策であったが、金利誘導目標の変更を行うことによってそれを明確に示す」としています。

 第2に、時間軸政策としての時間軸の明確化です。具体的には「中長期的な物価の安定の理解」に基づく時間軸の明確化ということで、物価安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続するとしています。これは前回の量的緩和の時のメッセージと類似しています。

 第3に、資産買い入れ等の基金の創設という新たな措置です。国債、CP、社債に加え、ETF(指数連動型上場投資信託)、不動産投資信託(J-REIT)など、より多様な金融資産の買い入れと、固定金利方式・共通資金供給オペレーションを行うため、臨時の措置としてバランスシート上に基金を創設することを検討するとしました。

 日銀はこれを短期金利の低下余地が限界になっている中で、金融緩和を一段と強力に推進するため、長めの市場金利の低下と各種のリスクプレミアムの縮小を促すための措置と説明しています。

 第3の措置のポイントの一つは、CPや社債に加えETFやJ-REITといった新たなリスク資産も対象資産に含めたことです。各国中央銀行もそうですが、購入対象となる資産は、国債等の安全資産が基本です。日銀がリスク資産を買い、もし損失が生じた場合、最終的には国民の負担になりますので、その意味でも今回の措置は通常とは異なるものといえます。

 また、日銀が長期国債を購入する場合、通常は保有残高が銀行券発行残高を上回ることがないよう運用されています(いわゆる「銀行券ルール」)。ここでの措置としての国債の購入は、それとは別枠で、臨時の措置として基金を設けて買い入れ、平時に戻ったらこの基金は終了するというわけです。

 基金の規模は、1年後をめどに5兆円としました。さらに、別途固定金利オペと併せて35兆円規模としています。ETFやJ-REITの購入について、日銀総裁は、日銀の買入れ金額自体はさほど大きくないが、日銀の買入れによりさらに幅広い投資家の購入が増加すると期待するという趣旨の発言をしています。

 上記3つの措置のうち、最初の2つは既に量的緩和で行われていた措置に近い一方、3つ目はリスク資産を含めた多様な金融資産を買い入れ対象とすることで信用プレミアムや流動性プレミアムの縮小を意図しているという点で、FRBで行われていた「信用緩和」(後述)的側面と量的拡大を伴う措置です。日銀の白川総裁は、その両方という意味で「包括緩和」になると説明しています。

 以上みたように、日銀はリーマンショック後、(1)0.5%から0.0%~0.1%までの政策金利引下げ(実質ゼロ金利政策)に加え、(2)資金量を明示した上で3カ月、6カ月の資金供給オペという長めの資金供給、(3)時間軸効果、(4)多様な資産購入、などを採用してきました。非伝統的な金融政策として、(2)は量的緩和的施策、(4)は信用緩和的施策といえます。

 なお、この間、2010年6月には「成長基盤強化策」も決定されています。これは、4月に白川総裁から検討の指示があったもので、投資に取り組む民間金融機関に対し、日銀が長期かつ低利の資金を的確な担保を裏付けとして貸し付けるものです。

 このように日銀は、既に低金利下で起こったショックに対し、新しい手段も含め可能な対応を行ってきました。しかし、景気回復の足取りは鈍く、当面は緩和局面が続くことが予想されます。

欧米の「非伝統的金融政策」との共通点と相違点

 この間、欧米の金融政策はどのようなものだったでしょうか。1999年から2000年前半にかけてゼロ金利政策を経験したのは日本だけでした。しかし、リーマンショックは世界の金融市場に波及したので、ほかの国でも1ページ目のグラフで見たように政策金利が迅速に引き下げられ、日本と同様にいわゆる「非伝統的な金融政策」が用いられるようになりました。

 特に危機の発端となった米国では2008年12月16日の連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利(FFレート)を0%~0.25%に引き下げるとともに、「信用緩和(credit easing)」と呼ばれる施策が取られました。バーナンキFRB議長は持続的な経済成長の再開と物価安定のため、取り得るあらゆる手段を講ずるとし、低金利を当分継続すると述べました。この「当分」は「for some time」という言葉を使って表現しています。時間軸政策による将来の期待短期金利および長期金利引き下げを意図したメッセージで、日銀の時間軸政策とも共通しています。

 さらにFRBのバランスシートを拡大し、金融市場の機能を支援し経済を刺激するため、(1)住宅ローン市場と住宅市場を支援するための住宅金融公社の債務とMBS(住宅ローン担保証券)の大量購入、(2)長期国債購入のメリットを検討、(3)家計や中小企業への信用拡大を支援、などを実施する予定としました。

 バーナンキ議長は信用緩和政策を、日銀により2001年から06年に採られた量的緩和策とは異なるものと説明しました。中央銀行のバランスシートを拡大させるという点では共通していますが、日銀の量的緩和が当座預金残高(負債項目)を目標として中央銀行のバランスシートを拡大したのに対し、FRBは資産構成の組み合わせにより、家計や企業の信用条件に影響を及ぼすことを重視するとしています。

 英国のイングランド銀行(BOE)は、2009年3月に政策金利を0.5%に引き下げるとともに量的緩和政策を採用し、以降中長期国債買い取り枠を拡大していきます。一方、欧州中央銀行(ECB)は2009年5月に政策金利を1%まで引き下げた際に、無制限資金供給オペの期間を従来の最大6カ月から12カ月に延長すると同時に、ユーロ建ての社債(カバードボンド)の買い入れを決定するなどの信用緩和的な非伝統的金融政策を採用しています。

 日本の場合は、世界より一足先に「ゼロ金利」を経験しました。日本の1999年以降のゼロ金利および量的緩和政策は、リーマンショック後の諸外国の金融政策運営にあたり参考になったと言われています。

 日本の量的緩和政策は金融システム安定化効果や、時間軸効果などによる金利安定化効果があったという点では評価されている一方、総需要の喚起や物価押し上げ等実体経済への効果という点では低い評価にとどまっています。

 経済がデフレになり金利がゼロに近づいてしまうと対応が非常に困難となることを日本の経験からも学んでいた各国中央銀行は、世界金融危機発生後、迅速に政策金利を引下げたほか、金融システムの安定維持のために潤沢な資金供給も行いました。しかし、その後「出口政策」が議論されつつも、非伝統的金融政策は依然続いています。2010年11月にはFRBは大規模資産購入を決定しました。

「時間整合性」という考え方

 次に、金融政策運営の考え方として重要な幾つかの論点についてみていきましょう。

 マクロ経済政策を考える上で、「時間的整合性」(時間的非整合性、動学的不整合ともいいます)という考え方が重要視されるようになっています。キドランドとプレスコットはこの功績などにより2004年にノーベル経済学賞を受賞しています。

 時間的整合性の問題とは、現在から将来にわたりある目的を達成すべく、最も望ましい行動を決定するに際し、現在の時点で最も望ましいとされた行動が後に将来の時点になると望ましくなくなり、事前の決定が覆されるということです。

 例えば、ある国の中央銀行が「インフレ抑制的な金融政策運営を行う」ことを決定し、国民(企業や家計)の期待インフレ率が低下したとします。

 しかし、中央銀行にとってはインフレ率は低い一方で景気も良く失業率も低い、という状態が理想です。すると、国民の期待インフレ率が低下した時点では、金融緩和により景気を良くするという選択肢(短期的な目先の利益)が誘惑となって生じてしまうのです。

 もしこの時点で本当に金融緩和が行われると、一時的には景気が良くなることでしょう。しかし、この時国民は「裏切られた」と思うのではないでしょうか。また、もし実際に金融緩和が行われない場合でも、「中央銀行がインフレを抑制しつつ景気を良くしたいと思っている」ことを国民が知っていた場合は、中央銀行が「インフレ抑制的な金融政策運営を行う」というメッセージを出しても、実際には将来金融緩和が行われるかもしれないと予想するようになり、期待インフレ率は下がらなくなります。つまり、政策当局は時間的整合性を満たさないようなことはすべきでなく、市場に対しては中長期的な視点に立った明確なメッセージを出すことが望ましいということです。

 これは中央銀行の独立性やテイラールールなど、近年重視されるようになった金融政策運営の理論的な裏付けにもなります。

 次回はこのテイラールールとは何かからお話を始めたいと思います。

(次回につづく。次回は2月25日金曜日に掲載する予定です)


このコラムについて

日本経済のゆくえ

経済学という“道具”で世の中を見ると、それまでとは違った視点で物事を考えられるようになるといいます。どうやら、経済学は役に立つ学問のようですが、これまで敬遠していた人、あるいは、ゼニカネのことばかりで物事を考えるのはいかがなものか、とお考えの方も多いのではないでしょうか。このコラムは、これまで経済を本格的に勉強したことのない人に向けて、難しい数式は抜きに、経済学のイロハから、現実の経済政策や日本経済の諸問題について教えていただくオンライン版の“市民大学”です。三鷹市が開催する市民大学総合コースで2010年5月から始まった講義をベースに構成しました。