政府では復興に向けた財源調達や被災地企業の支援について活発な議論が始まっている。米カルフォルニア大学サンディエゴ校の星岳雄教授は、ここでどのようなアプローチを取るかで、20年の停滞を続けていた日本経済が今後変革できるか否かが大きく左右されるとみる。
バブル崩壊後の日本の財政金融政策に関する数多くの実証研究で知られる星教授に3月31日、話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス記者、広野 彩子)
――東日本大震災が今後、日本経済に与えるインパクトについて、どうご覧になりますか。

米カルフォルニア大学サンディエゴ校教授。1983年東京大学教養学部卒、88年マサチューセッツ工科大学から経済学博士号(Ph.D)取得。同年から現職。専門は日本の金融制度、金融政策、および企業統治の研究。代表的な著作に、アニル・カシャップ米シカゴ大学経営大学院教授との共著『日本金融システム進化論』(日本経済新聞出版社)がある。また、ヒュー・パトリック米コロンビア大学教授との共編著『Crisis and Change in the Japanese Financial System』(2000年)も日本経済の研究者の間でしばしば参照されている。
星 GDP(国内総生産)がマイナス成長になるのは2011年ぐらいで、2012年以降は持ち直すと考えています。ただ、電力不足の問題と原子力発電所の後処理に関する不確実性が懸念材料です。「こういう処理をし、このぐらいの期間後にはこうなる」という明確な方向性とスケジュールを政府が早期に打ち出さないと、民間レベルでの震災後への対応も遅れてしまうからです。
まず震災による物的損害額は、大体15兆円から30兆円と言われています。規模は資産への損害がGDPの2%程だった阪神大震災よりは大きいですが、GDPの30%にものぼった1923年の関東大震災ほどにはならないといったところでしょうか。大体、GDP比で3%~6%と推定しています。ただ、こうした数値も、原発事故処理の今後の展開次第で変わってくる可能性があります。
ちなみに、震災と津波の直接的な被害を受けた宮城、岩手、福島の3県は日本のGDPの4%程度、人口は4.2%程度を占めています。
これらの損害額はすでに存在するストックの被害なのでフローであるGDPには直接影響を与えません。今後は復興需要が出てきますので、フローのGDPはむしろ伸びます。ただし、その増加量は、電気の供給がどうなるか、どれぐらいエネルギーの代替や節約が進むか、需要がどれぐらい早く回復するかなどに依存するでしょう。
―― こうした大災害と経済との関係を分析する分野があるそうですね。
大災害が経済にもたらすインパクトの有無は測定不可能
星 例えばハリケーンの経済的影響などを研究する「災害の経済学」という分野があります。長期的にはこうした大災害が当該経済に与える影響はほとんどゼロに近いとする研究が多いですね。実際にはプラスの影響とマイナスの影響、両方が起こっているのでしょうが、それらが打ち消しあって平均的には影響がゼロになっているということではないかと考えます。
大災害は様々なものを破壊するわけですが、破壊されるものには「制度」的なものも含まれます。例えば効率的なサプライチェーンやうまく機能していた地域社会のネットワークが災害によって大きく壊れてしまうと、経済成長に悪い影響を与えます。
しかしそもそも成長を阻害していたような悪い制度が壊れれば、創造的破壊が起こり、新しい制度ができて、成長に良い影響を与える場合も考えられます。災害の経済学の分野で研究が深まれば、どのような制度変化が経済に長期的にプラスの影響を与えるのか明らかになってくるでしょう。
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