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「もはやすべての行きがかりをなげうって、入閣するほかない」

第1話 政治の「空白」を襲うかのように起きる大災害

  • 山岡 淳一郎

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2011年4月22日(金)

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 東日本大震災の遭難者の捜索すらままならない状況で、永田町・霞が関では「復興」論議がかまびすしい。菅直人首相が発足させた「復興構想会議」(議長・五百旗頭真防衛大学校長)は、14日の初会合で「震災復興税」を提起した。構想会議の提言をもとに全閣僚の「復興本部(仮称 本部長・首相)」で計画を策定、関係省庁間で調整して実施するスキームを描いている。その後、与野党協議機関「復興実施本部」の設立をめぐって調整が続けられている。

 一方、民主党では「復旧・復興検討委員会(委員長・岡田幹事長)」が「復旧復興対策基本法案」の原案をまとめた。自民党は160項目の「緊急提言」を出している。さらに国民新党亀井静香代表らは国会決議での超法規的「救国非常事態対策院」の設置を、仙谷官房副長官を介して菅首相に打診。利権争奪必至の連立を封じる「枢密院」構想であったが、民主、自民両党の議員はいったん大連立を掲げてこれを阻んだ。

 と、復興論議は政治的、官僚的利害と絡んで百家争鳴状態である。

 一見、水と油のような意見が飛びかっているようだが、その出所をたどっていくと、ひとりの政治家に行きつく。関東大震災後の「帝都復興」を指揮した後藤新平(1857~1929)である。政治家や文化人の口からは「後藤新平のような……」という言葉が次々と飛び出す。しかし後藤が何に挑み、何によってはね返されたのか、その光と影はあまり知られていない。

 まず、初動において後藤は現政権の担当者とは極めて対照的な行動をとっている。

 1923年9月1日、東京、横浜を中心とする関東一円が大激震に見舞われると、後藤は、それまでの「政治対立」を捨てて組閣に手間取っていた海軍出身の山本権兵衛(1852~1933)を訪ね、内務大臣への就任要請を受け入れた。山本首相―後藤内相の「震災内閣」を立ち上げると、自ら日銀総裁だった井上準之助(1869~1932)をかき口説き、大蔵大臣にすえる。行きがかりをなげうって、意見を異にする閣僚とも組んだ。オトナの対応をしたのである。

 今回の震災でいえば、菅首相が毀誉褒貶は覚悟で、東北の事情に精通し、力のある小沢氏を東北救援担当大臣として内閣に招くような行為であろう。野党に連立を呼び掛ける以前に、民主党内を「一枚岩」にすることが必要だったのではないか。反小沢を貫く理由を、菅首相は「おれの政治の原点は反田中だ」と言ったと伝えられるが、個人的な事情などどうでもいい。大局をつかんで動けるか否かが、政治家の重要な資質だろう。

 後藤の名をあげる政治家の多くは、彼が組織した「帝都復興院」を組織モデルに見立てている。

 後藤は、いち早く、復興方針を掲げ、帝都復興院に手足として動くプロフェッショナルを集めた。菅首相が構想会議の立ち上げで真似た阪神・淡路大震災時の「復興委員会(下河辺淳委員長)」も、当初は復興院をめざしていた。

 しかし官僚とメディアの「屋上屋を重ねる」との批判で、委員会へ格下げされている。行政機構が単純だった大正期と複雑化した今日を同一視するのは難しいとはいえ、緊急災害に一元的に対応する機関を検討する余地はあるだろう。民主党は復興案で「防災復興府」、同じく自民党は「復興再生院」を提案しているけれど、官僚の抵抗で葬られる可能性が高い。

 国柄の違いで緊急災害への対応体制はさまざまだが、米国では長く大統領直属の「合衆国連邦緊急事態管理庁(FEMA)」が洪水、ハリケーン、地震、原子力災害などに向き合ってきた。FEMAは、ブッシュ政権下で国土安全保障省の一部に入れられ、権限や予算が縮小されたために05年のハリケーン災害の救援が後手に回ったと批判されている。

 2004年のスマトラ沖大地震・大津波で、インドネシア・アチェ州では22万人以上の死者・行方不明者を出した。インドネシアでは震災後111日目に「復興再建庁(BRR)」が立ち上げられ、政府、自治体、国軍、国際組織などの動きに一元的に対応。迅速な復興を遂げた。

 BRRのクアントロ元長官は、朝日新聞のインタビューにこう答えている。
「複数で担当すると、必ず政治的になって進まなくなる。一機関に任せるのが良いと思う。トップの人選は難しい。若いと失敗したときにそのキャリアに響くし、年配だと体力がもたない。突破力と慣習にとらわれない知恵が必要だ。あとは助けたいという意思と犠牲精神、ガッツがあれば何とかなる」(2011年4月4日付)

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