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「各省から独立した『復興省』を創設すべきである!」

第2話 「一に人、二に人、三に人」。実力本位で見込んだ人材を引っぱった

  • 山岡 淳一郎

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2011年5月6日(金)

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 菅政権には、全体を見とおす大局観が欠けている。だから震災対応の「中心」が定まらず、復旧、復興に向けて、誰が、どう具体的な筋道を立てるのかが見えてこない。首相肝いりの「復興構想会議(五百旗頭真議長)」が方向性を示すにしても、その受け皿となるはずの「復興対策本部(菅首相・本部長)」が野党を取り込もうとして迷走している。国難に際して、政治家が政局絡みで綱引きばかりしていれば、被災者の生活の立て直しは遅れ、広範で多様な被災地ニーズとかけ離れた青写真が描かれかねない。

 政治の空転が続けば、その間隙をついて官僚機構は静かに支配力を強めていく。

 手もとに一枚のペーパーがある。「復興法案準備室事務局体制(イメージ)」と題された組織図だ。トップから実務で汗をかくポジションまで、入省年次に沿って官僚がものの見事にピラミッド型に並んでいる。

 4月11日、枝野官房長官は記者会見で「復興構想会議は佐々木内閣官房副長官補を室長とする被災地復興に関する法案等準備室が事務局を担当する。人選の詳細については内閣総務官室にお問い合わせください」と述べた。あちこちに当たって入手できたのが、この体制図である。復興を左右する実務機関の陣容が示されている。

 ひと言でいえば、内閣官房(枝野長官―仙谷副長官)が仕切る組織だ。最上位に瀧野欣彌・内閣官房副長官(東大法卒、昭46年自治省入省)が納まり、実質的トップの室長に佐々木豊成・内閣官房副長官補(東大法卒、昭和51年大蔵省入省)が就く。佐々木室長の下、全体総括が佐藤慎一・内閣官房副長官補室審議官(昭55年大蔵省入省)、法制担当は荻野徹・内閣官房内閣総務官室審議官(昭和57年警察庁入庁)となっている。両審議官の下に財務、国交、総務各省の参事官、その下に国交、財務、経産の補佐及び企画官、そのまた下に主査クラスと、ピシーッと年次序列で並んでいる。

 よくぞまぁ、この緊急時に年次を揃えたものだ。組織図に記された23名のうち、被災者の生活再建に深くかかわる厚労省出身は2名。農水省はたった1名で、それも主査だ。一方、財務省は、最多の6名で要所を握っている。なるほどビジョン(未来像)を示すはずの復興構想会議が、最初の会合でいきなり「震災復興税」を提案するわけだ。構想会議は、すでに財務省の掌の上で動かされている。図を眺めていて、私は背筋が寒くなった。これで基幹産業の農林水産業が壊滅的打撃を受けた東北を立て直し、日本を再生できるのだろうか。はたして適材適所といえるのか……。

 88年前の話とはいえ、後藤新平は、こんな組織を志向したりはしなかった。いまほど官僚機構が複雑ではなかったにしても、もっと人間の生活主体で事業を組み立て、人を配置している。少なくとも「財源ありき」の発想ではなかった。では、後藤が復興の中心に位置づけた「帝都復興院」とはいかなる組織で、どんな人材が集まってきたのか……。

*     *     *

 関東大震災の発生直後、内務大臣に就任した後藤は、4つの根本策(【1】遷都はしない、【2】復興費に30億円必要<当時の国家予算は13億7000万円>、【3】欧米最新の都市計画の採用、【4】都市計画実施のため地主に断固たる態度をとること)を示した。

 後藤は、この根本策を遂行するために特別の機関を設け、復興費は原則国費で「長期の内外債」を募る、と方針を立てた。さらに罹災地域は公債を発行して土地を買収し、そこを整理した後、適正・公平に売却、もしくは貸付を行うと高らかに言い放った。

 これが世間をアッと驚かせた「焼土全部買上げ案」である。内務省は上を下への大騒ぎとなった。内務省では、官僚の間で、こんな会話が交わされた。

「大臣は、本気で焼け跡をぜんぶ買い上げるつもりなのか? 30億どころか、40億でも足りないぞ」

「どこにそんな金がある。外債、内債も限度があろう。後藤さん得意の大風呂敷さ」

「まぁ、帝都復興は大いにやっていただきたいが、さて、地方の諸侯は黙っておるまい。大阪や名古屋の知事は、なぜ東京一地域のために過大な国費を投入するのか、と息巻いておる。あまり派手に立ちまわると政局につながるだろうな」

 全部買上げ案は「大風呂敷」と揶揄されて退けられた。

 とはいえ、電光石火のごとき構想立案は永田町の住人たちの度肝を抜いた。なぜ震災直後の大混乱のさなか、瞬く間に大胆な構想を表明できたのか。凡庸な政治家には及びもつかない離れ業のようだ……。

 その理由は、「欧米最新の都市建設」というテーマが後藤の人間としての歩みそのものと直結していたからだった。後藤が挑んだ数々の創業的事業のなかでも都市づくりは思想と実践が最も強く結合したものだった。

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