白川静さんという「漢字の世界」の学者をご存知でしょうか。白川さんを一言で言い表すことができませんでしたから、そのように言ってしまいました。勉強不足を恥じるのみです。
多分、みなさんのほうがよく理解されているのかもしれません。白川さんは、漢字という文字を通して、東洋の文化の奥底をはじめて解明した方。本当に人並み外れていて、こうして書くことをためらわれるほどです。
60歳で「漢字」を刊行。そして、何と70歳を超えてから、「字統」「字訓」「字通」という膨大な字書三部作を完成させたのです。それから、96歳で亡くなるまで、その情熱は冷めることがなかったそうです。
なぜ、白川さんのことをつい最近まであまり知らなった私が、このコラムで取り上げたか。その理由は、「おもふ」という言葉には、何と67にも及ぶ「おもふ漢字」があったということを知ったからです。12世紀の字書「名義抄」には、「念ふ」「思ふ」「憶ふ」「想ふ」「欲ふ」「疑ふ」「謂ふ」「慮ふ」「怨ふ」などです。
私たちが思う、「おもふ」をはるかに超えた「おもふ」が存在していたのですね。白川さんの研究は、漢字は単なる言葉を表記するための日常的な道具でもなく、意識から遠のいた記号でもなく、「漢字には、文字が生まれる以前の悠遠(ゆうえん)なことばの時代の記憶がある」というもの。つまり、漢字には人間の原初の祈念や欲望があるということです。
もちろん、漢字は世界でも数少ない象形文字であり、表意文字。人は人間の形からきていることは誰でも知っていることです。しかし、白川さんは形以上に、漢字に込められた「呪能」、人間が文字に込めた原初の働きに注目していたのです。
白川さんの研究は、漢字の発祥の地、中国でもほとんど取り組まれていないもの。白川さんの着眼と執念には驚かされるばかりでした。
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