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ニュータウンを産業遺産にするな

住宅価値は「地域力」から高める

  • 伊藤 正倫

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2011年8月8日(月)

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 産業遺産という言葉をご存知だろうか。かつて、その地域で繁栄した産業の姿を伝える遺構や遺物のことで、日本では特に明治以降の近代化に貢献した工場や鉱山を指すことが多い。近年では、地域活性化のための観光資源としても注目を集めている。

 5月の大型連休に、その代表例である愛媛県新居浜市の旧別子銅山を訪れた。山間部の細い道を登った先に、巨大な石造りの遺構がある。銅山が繁栄した昭和初期にかけて、採鉱本部があった「東平地区」だ。森の中に忽然と貯鉱庫跡が姿を現すことから、「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ、四国外からの観光ツアーも多い。

昭和初期にかけて繁栄した別子銅山の東平地区は、写真の貯鉱庫などの遺構を残すのみとなっている

 貯鉱庫跡の周りには、木々に隠れて無数の住居跡が広がっている。建屋は取り壊され、石垣や炊事場の跡が残るのみだが、最盛期には数千人が暮らし、小中学校も持つコミュニティーを形成していたのだ。だが、鉱石の枯渇などから銅山は1973年に閉山。山の中にほかに仕事があるはずもなく、鉱夫は山を去った。

 別子のことをふと思い出したのが、先月下旬に取材で多摩ニュータウンを訪れたときのことだった。

転換点迎えたニュータウン

 東京都多摩市を中心とした3000万m2の広大な土地に団地が集積する多摩ニュータウンは、日本の高度成長の象徴だ。東京都心部での住宅難を受けて34万人分の住宅を確保するために計画され、1971年から入居が始まった。それから40年が過ぎた今夏、ニュータウンは大きな転換点を迎えた。

 建物の老朽化が進んだニュータウンで初となる大規模な建て替えが始まるのだ。「諏訪2丁目住宅」と呼ばれる地区で、1棟5階建てのマンションが23棟ある。全640戸の住民の多くはすでにマンションから退去しており、お盆明けにも解体作業が始まる。

 諏訪2丁目住宅は、新宿から電車で約30分の京王永山駅から10分ほど歩いたところにある。駅前の商業施設を通り過ぎ、木々がうっそうと茂る緑豊かなエリアだ。解体を待つマンション内の間取りは、すべて48m2。台所を含めて4室あるが、子育て世帯にとって広いとは言えない。

 しかも、各棟にはエレベーターがなく、世帯主の平均年齢が65歳前後と高齢化が進んだ住民にとって、生活の不自由さは年々増していた。

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