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ジョブズ氏とサムスン会長、再起への執念

日本勢の凋落は1997年に始まっていた

2011年9月12日(月)

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 産業史を振り返ると、「あの時が転機だったのだな」と気がつくことがある。日本の電機産業にとって、1997年はまさにそんな年だったと思う。

 長く健康を害していた米アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏が今年8月24日、「職務の遂行が難しくなった」としてCEO(最高経営責任者)を辞任し、会長職に退いた。「稀代の名経営者」として産業史に名を残すことになったジョブズ氏が、会社の舵取りを任されたのは今から14年前の97年だった。

 社内の権力闘争に敗れ一時はアップルを離れていたが、呼び戻され、暫定CEOとして経営に復帰した(CEO就任は2000年)。当時、アップルはパソコンのOS(基本ソフト)競争で米マイクロソフトに圧倒され、倒産寸前まで追い込まれていた。ジョブズ氏にとっては、まさに嵐の中の船出だった。

サムスン会長の荒療法も効かず

 97年、奇しくも太平洋を挟んだ対岸に業績悪化に苦しむ電機メーカーがもう1社あった。この年、「アジア通貨危機」が起こり、韓国経済が破綻。多くの韓国企業が経営難に陥り、財閥系のサムスン電子も土俵際に追い込まれた。

 創業家の李健煕(イ・ゴンヒ)会長は以前から、社内改革の必要性を強く訴えていた。「妻と子供以外はすべて変えろ」「変わらなければ死ぬ」などと挑発的な発言を繰り返し、社員の危機感を煽っていた。

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「ジョブズ氏とサムスン会長、再起への執念」の著者

吉野 次郎

吉野 次郎(よしの・じろう)

日本経済新聞社記者

1996年、日経BPに入社。2007年から日経ビジネス編集部で電機業界や自動車業界、企業の不祥事を担当。2015年4月から日本経済新聞社電子編集部に出向中。産業、経済事件を中心に取材・執筆する。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官