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優勝監督はみんな「窓際」を経験していた

日大三高・小倉監督の“クビ”になった4年間

2011年9月21日(水)

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 日本大学第三高等学校野球部の小倉全由監督を取材した。この夏、甲子園を制覇した名監督である。時々講演もこなすが、その話は示唆とウィットに富んでいて、ぐいぐいと引きつけられた。草野球チームの選手兼監督として週末に白球を追う記者には、至福のひとときであった。

 取材途中、話題の中心が「空白の4年間」に移った。25歳で関東第一高等学校野球部監督になった小倉氏は、31歳の時に野球部を離れている。1987年の春のセンバツで準優勝を果たしながら、夏は地区予選でコールド負け。そして監督の地位を追われたのだ。辞表は自ら提出したものの、「実質的にはクビだった」という。

 「『甲子園なんていくらでも出場できる』と思っていましたよ」と振り返るほど、指導者としての自信があった。そんな時の「解任劇」は、頂点から奈落の底に突き落とされるようなもの。トレードマークのスポーツ刈りのままでは「野球に未練がある」と思われる。そう考えて、人生で初めて髪を伸ばしてソフトパーマをかけた。

 甲子園優勝監督ということで近寄ってきてチヤホヤしてくる人たちは、あっという間に去っていった。だが、その逆に手を差し伸べてくれる人たちもいた。その1人が、西武ライオンズ編成・管理部長、福岡ダイエーホークス社長などを歴任した根本陸夫氏(故人)だった。根本氏は旧制の日大三中、日大のOBという経歴を持ち、小倉氏の先輩に当たる。

 「球界の寝業師」という異名を持っていた根本氏は、「監督の衣を脱いだ『裸の小倉』を見てもらういい機会だ」と励ましてくれた。小倉氏はその言葉を胸に、社会科教諭の仕事に打ち込んだ。30代前半ながら学年主任を務めて、定年間際のベテラン教員に指示を出す立場にもなった。

 そうして92年、再び野球部監督に返り咲く。97年には母校・日大三高に移るわけだが、小倉氏は「(野球の指導者としては)空白の4年間こそ、自分にとっての財産になった」と打ち明けてくれた。この時、軽い既視感を覚えた。これまでに取材した「名将」と言われる野球監督も、こうした雌伏の時期があり、それを「財産」と表現していたからだ。

興南高や慶応大の監督も挫折があった

 昨年のセンバツ決勝で日大三高を破った興南高校野球部の我喜屋優監督もその1人。現在は同校の校長、理事長も務めている。昨年、沖縄県勢初の春夏連覇という偉業を成し遂げた。我喜屋氏は同校を卒業した後、大昭和製紙と大昭和製紙北海道で選手、監督として野球を続けた。しかし、野球部が休部に追い込まれると長らく社業に専念、関連会社の総務部長まで勤め上げた。

 その我喜屋氏が興南高野球部に戻ったのは2007年4月のこと。監督就任からわずか4年間で5度も甲子園大会に進んだのは、野球から離れていた時期がいい準備期間になったからだ。

 「野球だけやってきたわけじゃないからこそ、こうして高校で野球を教えられる」。我喜屋氏は、そう語っていたことを思い出す。

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「優勝監督はみんな「窓際」を経験していた」の著者

上木 貴博

上木 貴博(うえき・たかひろ)

日経ビジネス記者

2002年に筑波大学を卒業し、日経BP入社。「日経ビジネス」「日経情報ストラテジー」「日経マネー」編集部などを経て、2016年4月から現職。製造業を中心に取材中。趣味は献血(通算185回)。相撲二段。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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