TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る議論がにわかに熱を帯びている。日経ビジネスでは11月7日号で「TPP亡国論のウソ」という特集記事を組んでいるので、詳細についてはこちらを参照していただきたい。
政府からTPP交渉への参加の是非について意見を求められた企業の担当者は「とにかく議論が性急すぎる。国がどれだけ準備をしてきたか疑問だ」と汗をかきつつ、ぼやいていた。
こうした「ぼやき」を聞いていると、私は学生時代の研究を思い起こさずにはいられない。
2008年まで大学院生だった記者は学生時代、日本における移民について研究していた。折りしも当時はフィリピンやタイ、インドネシアなど東南アジア諸国とのEPA(経済連携協定)が相次いで合意、発効しており、それに伴って人の移動の自由化について盛んな議論が起きている。
記者は学生の立場で遠巻きに議論の応酬を眺めながら、「実情が分かっていないし、あまりにも議論が性急すぎはしないか」と、先の企業担当者と同様の危惧を抱いていた。
看護、介護は単純労働?
フィリピン、インドネシアとのEPAで焦点となっていたのは、「看護、介護人材受け入れ」問題だった。
両国は共に移民の送り出し国として知られ、出稼ぎ労働者による送金が外貨獲得の重要な手段となっている。なかでも、介護や看護、そして医療といった分野では、数多くの国民が移民として世界中に散らばり、その労働力を提供してきた。だから日本とのEPA交渉で介護、看護分野の労働市場を開放せよと迫ったのも当然とも言える。
一方、日本は「高度な」専門的・技術的分野の人材しか受け入れない方針を取り続けており、いわゆる「単純労働者」が就労することは基本的にできない。何が単純で何が高度なのか、その線引きは明確ではないが、少なくとも看護や介護は国が認める専門的、技術的分野ではなかったようだ。
受け入れを巡る議論では「『安い労働力』に介護や看護分野が席巻されてしまう」という反発が起き、「国を開国するのか、鎖国するのか」という議論まで行き着いた。
記者はこうした議論に対して違和感を覚えた。というのも、日本の介護の現場では既に多くの在日フィリピン人女性がヘルパーとして働いていたからだ。その現状を考慮せず、議論を進めていいのだろうかと。そこで彼女たちから話を聞き、その生き方を記録することを卒業論文に選んだ。
卒論を書く上で話をうかがった方々は、最初から介護労働者として来日したわけではない。その多くは1980年代にいわゆる「エンターテイナー」として日本の土を踏んだ女性たちだ。「フィリピンパブで働いた女性」といった方が分かりやすいかもしれない。
彼らは日本で働く間に日本人男性と結婚するなどして定住する資格を得た。そして後にホームヘルパー2級の資格を取得し、新たな仕事として高齢者介護に携わるようになった。正確な統計はないが、私が取材した当時、少なくとも数百人の在日フィリピン人がヘルパーとしてデイケア施設や特別養護老人ホームなどで働いている。
介護職は離職率が高く、常に人手不足に悩んでいる。その現場では、既に多数の在日フィリピン人女性が欠くことのできない労働力を提供していたのだ。
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