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 日経ビジネスの1月23日号、「浮上するアジア最後の“秘境” ミャンマーが熱い」という記事で現地の製造業や経済動向をレポートした。この数カ月でミャンマー関連のニュースが急増し、以前より現地の情報が入るようになっている。それでも、イメージと現実とのギャップは少なくない。基本的な情報、素朴な疑問も含め、誌面に収容しきれなかったことを以下に挙げてみた。

1.国名はミャンマー、それともビルマ?

 極めて基本的なことだが、混乱しているのが国名だ。1989年に軍事政権が英語表記を「ビルマ(Burma)」から「ミャンマー(Myanmar)」へと変更したが、米国や英国はこれを認めず、公式には「ビルマ」という表記を続けている。

 欧米のメディアは政府の方針に従い、「Burma」を使ってきた。ちなみに最大都市ヤンゴン(Yangon)がラングーン(Rangoon)と呼ばれるのも同じ構図だ。ただ、欧米メディアでも最近はミャンマーに統一する動きも出ている。

 日本では政府を含め基本的にミャンマーを使うが、「ミャンマー(ビルマ)」と併記するなど混在している。小説、映画「ビルマの竪琴」の存在もあり、一般にはビルマの方が馴染みがあるかもしれない。

 現地ではどうか。ミャンマーには、人口の7割近くを占めるビルマ族以外に計135もの民族が住む。そのため現地では「ビルマ」といえばビルマ族を意味することが多い。政治的なスタンスはともかく、国家を指すときは「ミャンマー」と呼ばなくては不便、という事情がある。

 ちなみに言語的には「ビルマ」が話し言葉、「ミャンマー」が書き言葉で、いずれも同じ意味である。

2.本当に親日?

 ミャンマーは「親日的」と言われる。ほかのアジア諸国のように、日本の外務省による対日世論調査が実施されていないので統計数値はないが、少なくとも市民レベルでは日本に対する悪いイメージはほとんどないと感じた。

 歴史的に見れば独立過程での日本とのかかわりは強い。アウン・サン・スー・チー氏の父親で「建国の父」として尊敬されるアウン・サン将軍は第2次大戦中、同志と共に密かに日本に渡った後、中国・海南島で日本軍の訓練を受けた。この30人余りのメンバーが中核となってビルマ独立軍を結成し、日本軍との協力によりイギリス軍を駆逐した。スー・チー氏も京都大学に在籍し日本に滞在した時期もあり、知日家として知られる。

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